Sweet Spot 映画に見るリハビリテーション
「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」—重度身体障害者の自立生活の実相を多様な視座から描く
二通 諭
1
1札幌学院大学
pp.497
発行日 2019年5月10日
Published Date 2019/5/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552201647
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「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」(監督/前田哲)を満席の劇場で鑑賞した.前の席から子供たちの笑い声,後ろの席から高齢者の会話が聞こえてくる.笑い声はもちろん,会話も画面上の出来事に共感的に反応したものであり,耳障りではない.むしろ首肯できる.これはもう昭和30年代前半の映画館の風情だ.万人が楽しめる作品に仕上げた製作姿勢を称えたい.
原作は,重度身体障害者・鹿野靖明(1959〜2002)の自立生活の実相をさまざまな視座から活写した渡辺一史の長編ノンフィクション『こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち』.自立生活とは,渡辺の言葉を借りるなら「障害者もボランティアも,決してやさしかったり,純粋なだけの人間集団なのではなく,ときには危ういドロドロした,ひどく微妙な人間関係の力学の上に成り立つ世界」でもある.これこそ渡辺が突き動かされたポイントだと推測する.鹿野は「痰を吸引するにも,食事をするにも,トイレに行くにも,寝返りを打つにも人が要る」のであり,「眠ったら死ぬ」という不安を抱え,不眠症にも苛まれている.夜中であるにもかかわらずボランティアにバナナを買いに行かせる本作冒頭のエピソードも,鹿野の「夜寝ない」問題に由来する.渡辺の鹿野観の一部を援用するなら,鹿野とは,自分のできることが日に日に少なくなり,「死」に向かって,どんどん落ち続ける砂時計のような存在.生きる希望を見失うほどの過酷な状況下にある.
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