Japanese
English
- 有料閲覧
- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
- 参考文献 Reference
新しいゲノム解析技術の応用:多系統萎縮症の発症関連遺伝子の発見
生命科学,疾患研究の進歩は技術の進歩によるところが大きい.近年,これまでのゲノム解析法(サンガー法)に替わる新しい原理に基づいた次世代シークエンサー(塩基解析機器)が登場し,ゲノム解読の著しい高速化かつ大量解読を可能にした.次世代シークエンサーという言葉になじみはなくとも,パーソナルゲノムや個人化ゲノム医療(テーラーメード医療)という言葉を一度は耳にしたことがある人が多いのではないだろうか.次世代シークエンスを中心とする最先端ゲノム解析技術によって各個人の体質,がんや生活習慣病といった疾患の罹りやすさを明らかにすることで病気の発症を未然に予防し,薬剤の効果や副作用出現予測など治療に役立てることなど期待されている.そしてゲノムデータという究極の個人情報を扱うことによる必然的に付随する多くの倫理的,社会的,法的な諸問題に対しては現在多くの議論およびその対策が平行して進められている.今日,神経難病の病態解明においてもパーソナルゲノム情報に基づくアプローチが試みられている.本邦においてもアルツハイマー病(Alzheimer's disease;AD),多系統萎縮症(multiple system atrophy;MSA),筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis;ALS)ではそれぞれJGSCAD(The Japanese Genetic Study Consortium for Alzheimer's Disease),JAMSAC(Japan MSA Consortium),JaCALS(Japanese Consortium for Amyotrophic Lateral Sclerosis Research)などが構築され,全国規模のゲノム,経時的臨床情報の収集解析が進められている.ここでは昨年本邦より報告された注目すべき成果を紹介する.
MSAは難治性の神経変性疾患であり,本邦において孤発性脊髄小脳変性症の中で最も頻度が高い(約65%).ふらつきや構音障害などの小脳性運動失調や筋固縮,振戦,動作緩慢などのパーキンソン症状,著しい便秘や排尿障害,起立性低血圧などの自律神経障害,錐体路障害などの多系統に及ぶ神経障害を来し,比較的急速に進行する.また病理学的特徴として,神経細胞やオリゴデンドログリア細胞の脱落と,その細胞質内にα-シヌクレインタンパク質を含む凝集体(glial cytoplasmic inclusion;GCI)が大脳や脊髄など広範囲に認められる.これまで孤発性疾患の原因解明は従来の方法では非常に困難であったため,MSAの発症機構は不明であり,有効な根本的治療法も存在しない.MSAの病態を解明するために,東京大学医学部附属病院神経内科 辻省次教授らを中心とする日米欧の研究チームが,稀なMSA家族例に着目して大規模並列次世代シーケンサーを駆使したゲノム解析を行った.さらにJAMSACに登録された多数の孤発症例に解析を広げ,家族性・孤発性に共通してMSAの発症に関連する遺伝子(COQ2遺伝子)が存在することを昨年,世界で初めて突き止めた1).このCOQ2遺伝子によって作られるタンパク質は体内においてコエンザイムQ10の生合成に必須な酵素で,実際に発症者の組織内におけるコエンザイムQ10含量が低下していることも判明したことから,COQ2タンパク質の機能低下が発症に関与することが示唆されている(loss of function).コエンザイムQ10は生体内でさまざまな機能を有することが知られているが,特にミトコンドリアでのエネルギー産生系,電子伝達系,酸化ストレスに関連することが知られており,この研究からコエンザイムQ10大量療法などの有望な治療法開発に向けての治験準備が進められている.
Copyright © 2014, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.