Sweet Spot 文学に見るリハビリテーション
チェーホフの『ふさぎの虫』―仮想他者との対話
高橋 正雄
1
1筑波大学心身障害学系
pp.574
発行日 2002年6月10日
Published Date 2002/6/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552109792
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『ふさぎの虫』(池田健太郎訳,新潮社)は,1886年,チェーホフが26歳の時に発表した作品であるが,この作品には,今日言うところの動物療法を思わせる場面がある.
年老いた御者イオーナは,息子に先立たれてからというもの,ふさぎの虫に取りつかれ,誰彼となく息子のことを話そうとする.だが,その日最初の客である軍人に「旦那,…せがれが,この週に死んじまったんで」と言いかけても,軍人は目を閉じて聞きたくもない様子である.イオーナは,次に乗ってきた若者たちにも「この週に,あっしの…せがれが死んじまったんで」と話しかけるが,若者も「人間だれだって死ぬさ」と答えるのみである.イオーナは,通りを行きかう人の群れを眺めながら,「せめてひとりでも自分の胸のうちを聞いてくれる人はいないのか」と思うが,誰も彼の憂愁には気がつかず,ただせかせかと歩いているばかり.途方もなく大きいイオーナのふさぎの虫は,外からは見えないのである.
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