Sweet Spot 文学に見るリハビリテーション
「白い屋形船」―プロの仕事としての体験の昇華
沖田 一彦
1
1広島県立保健福祉短期大学理学療法学科
pp.281
発行日 1997年3月10日
Published Date 1997/3/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552108337
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上林暁(1902-1980)は,土佐の生んだ短編の名手である.私小説と呼ばれる領域で,彼は,自分の体験のすべてを,その繊細な感受性で文字に変えていった.彼は,夜中に戸を打つ雨の音で,疎開している夜尿症の長男に思いをよせるし(『小便小僧』),キリスト教系の精神病院に入院した妻には,「お陰でハイカラな経験ができたよ」と笑いかける(『聖ヨハネ病院にて』).そんな質実な作者が,2度目の脳卒中発作の体験を振り返ったものが『白い屋形船』(1963)1)である.
「あれは本当に死というものだったのかしら」という危うい回想で始まるこの作品は,幻想と現実とが織り混ぜられた形で書き進められていく.風呂屋で倒れ,救急車で病院に運ばれていった「私」は,意識が戻った後,病床にある父親が,自分の死を知ったショックで自殺したと聞く.私の痩せた向こう脛と父親の病みほうけた向こう脛が,「二挺の杵を並べたよう」で,私は思わずすすり泣いた.また,母親は,「白無垢にふっくらとうずめられ」,魂だけになって逢いにきた.しかし,何度思い返しても,その顔に記憶はない.
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