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はじめに
神経心理学は,人の心理現象や行動に発生する障害を兆候(症状)としてとらえ,その出現に関与する中枢神経機能(責任病巣)を,一定の理論(機序)に基づいて推定し,脳の働きを明らかにする,あるいは医学的治療に役立てる科学である.この領域は,成人神経学と心理学の結び付きのもとで発展してきたため,成人の脳に発生する障害が中心課題であった.しかし,脳をすでにできあがった臓器としてのみとらえるだけではその障害の理解は難しい.そこで,成人の障害をより幼若な脳の機能に対応させる考え方が成立する.神経心理学における脳の発達の理解が重要である第1の理由である.例えば,手に触れたものをすべてきつく握る兆候「強制把握」をどのように理解するか,である.この兆候は,前頭葉病変によって出現するのだが,新生児期に生理的に存在する把握反射になぞらえる.すなわち,強制把握とは,脳の成熟によって抑制されていた原始的な神経機構が解放されて出現した.言い換えるなら,成人に再現された新生児期の反射,と解釈する1).
神経心理学において脳の発達の理解が重要である第2の理由は,損傷を受ける脳は成人のそればかりではないからである.当然,幼若脳がある種の障害を受けた場合の兆候を神経心理学的に理解することも可能になる.しかし,成人脳における障害と兆候の関係を幼若脳にあてはめることには無理が生ずる.それは特に,障害を受けた時期によって兆候が異なることと脳機能が示す可塑性の問題が存在するためである.なお,ここでいう可塑性とは,高次中枢神経に発生する「機能を維持するための変化」を意味する.脳には一定の可塑性が存在するのだが,この機構が働くための臨界期が存在することがより重要である.小児の脳障害の場合,何歳までの障害ならば,訓練によって代償可能か?脳の発達の理解なしには脳障害児への治療上の戦略立案は不可能となる.
本論は,臨床医学の立場から神経心理学的理解のために必要な脳の発達に関する基礎的知識を整理するとともに,この領域の最新の医学研究に関する情報も提供することを目的にする.
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