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はじめに
新しく身体障害を持つに至った人々に対して,彼等がそれぞれの障害を心理的に受容してゆくように援助することは,リハビリテーションスタッフの大事な任務の一つである.
従来,そのような場合に治療者の関心をひいた事柄は,障害者の内面的心理状況,すなわち,なげきとか心理的葛藤,あるいは障害克服に対する意欲などであった.たしかに,リハ医学に関わるすべてのスタッフは,障害の受容過程における障害者の心理的状況を推察し,それらに対して正しく対応する技術を身につけておくべきである.しかしながら,他人の心の中を直接うかがい知る方法はなく,治療の目的で他人の心の動きを望ましい方向へ変えようとする試みは,可能だとしても困難な,また時間のかかる作業となることは間違いない.
一つの例をあげるならば,身体の重要な機能を失なってなげき悲しんでいる人がいた場合,家族あるいは治療者は,自動的にあるいは一般社会的慣習に従って,なぐさめまたは励ましの言葉をかけるに違いない.そうすることによって障害者が気を取り直し,自立への道を歩むようになってくれることに期待をしているからである.
周囲の人々のそのような行動は,患者の抑うつ的感情を一般的にはせよ紛らすことに成功するため,それだけで患者の心を動かし得たかのように錯覚されることがある.
しかしこのような場面で実際に起こる予期せざる現象は,患者がなげき悲しむという行動によって周囲の人々の関心を得られるという体験を積み重ね,やがてなげき悲しむという行動を止められなくなってしまうことである.
要するに患者がなげき,それに対して周囲の人々がなぐさめ励まし,あるいは叱りつけるといったパターンの繰り返しだけからは,真の障害受容のための生産的行動は生れにくいということである.
いまここでリハ治療を行うという目的に立ちもどって考えてみると,治療者が現実に対処すベき事柄は,障害者の心理状態自体ではなく,そのような心理的状態に伴いがちな障害者のさまざまな行動(behavior)であることに気付く.
たとえば障害者がベッド上でなげき悲しんでいるとき,そのこと自体よりも,それに伴って彼がベッドから離れようとせず訓練室に出てこないこと,あるいは治療スタッフの指導するADL動作を一向に身につけてくれないことの方が問題であるということである.
もし内面的心理状態はそのままとしておいても,この障害者の示すさまざまな行動を直接的に良い方向へ変えてゆく方法があるとしたら,その方法に従って治療をすすめることでいくつかの利点が生ずる.
それはたとえば,リハ治療に必要な期間を短縮し,リハスタッフの仕事の効率を高め,かつ障害者には実際的な技術を習得させて,できなかったはずのことができるようになるという成功体験を味あわせることができるなどの点である.もし行動の変化が効果的に起きるならば,懸案とされていた障害者の内面的心理状態も良い方向に変わってくることが充分期待できる.
行動療法はこのような目的にかなった治療法であり,対象となる患者の心理的プロセスはさておき,環境の中のさまざまな要素をコントロールして,患者が所定の行動を高い頻度で行ってゆくように条件づけを行うものである.この行動変容プログラム(Behavior Modification Program)は米国を中心としてリハ治療に積極的に取り入れられている.
ここに至ると臨床心埋士の役割りは,患者の心理的状態についての解説者,あるいは病棟内のもめごとの調停者といった消極的なものではない.すなわち患者の数ある行動のなかから,どれに的を絞ってそれを変容させてゆくことがリハプロセスのなかで大事なのか,そしてそのための方法として何を選ぶべきかを決定する治療者(Behavior Therapist or Engineer)としての積極的役割りが要求されるのである.
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