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はじめに
針灸術は,生理機構の変調を調整することを第一義とするtherapeutic careであることが特色である.現代医療が専門化を極度におしすすめている趨勢の中にあって,強いて針灸術の今日的存在意義を考えるならば,その第一に挙げられることはこのtherapeutic careとしての意義であろう.生理機構の変調の調整という点に関しては生理学者による多方面の研究がすすめられているところであるので,この稿においてはtherapeutic careの面について言及したいと思う.
careというのは看護学の領域の中心命題であるが,今日の看護の実態は治療的手段をもたぬために本来のcareの立揚を喪失しつつあるかに思われる.逆に,primary care学会が誕生したごとく,実地医家の中に,正しく適切な手当によって患者の本来の生活活動が円滑に行なわれるように導くことを医療にたずさわる者の第一義と考える運動がおこって来ていることは注目に値する.
本来,針灸術はこのprimaly careをなすために生れた実践手段であったものであるが,歴史的制約の中でとかくその立場を忘れがちになり,教条主義に陥ったり,神秘主義に陥ったり,あるいは奇術的になったり,形式主義に陥ったりして来ている.そして今日再び,針灸術の社会化という時代の要請の潮に安易に流されるならば,再び形式主義に陥いることはまずまぬがれないところである.
幸いにも,私共が実践をつみかさねたこの10年間は,まがりなりにもtherapeutic careとしての針灸術を追求することが許された時代であった.針灸術が志向するtherapeutic careは,本来の内科医的立場で,術者と患者との全人的ふれ合いを通じて患者の日常生活活動が全面的に円滑に営まれるように導くことであり そのための手段として針灸術を用いるというものである.今日においては患者の針灸術に寄せる期待は,painの解消であることが圧倒的に多い.しかし針灸術によるcareは,このpainの消失のみを目的として実践されているわけではない.多くのpainは患者の意識の集中するところのものであり,患者の生理機構の歪みと対応する.生理機構の歪みは,実存不安の結果であることすらある.痛みは生理機構の歪みとともに,実存不安や日常生活活動性の障害と関連をもっている.これらの全体像が針灸を求める患者群の実像に近いものであり,当院に受診に至るまでに遍歴した医療機関でこれらの患者が既に名付けられている多くの病名は,むしろ患者の全体像認識の上からは虚像であるとさえ思われる.
私共は,このtherapeutic careに進歩と改善を計る基礎資料を作成するために,針灸術を求める患者像の実像を調査し,またそのcareの実状を調査しようと試みた.本論に述べる内容は,昭和52年10月1日から昭和53年4月30日までに当科外来に針灸術を希望して来院した35歳以上の壮年者および老年者の全例を,以上の目的のもとに調査したものである.
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