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Ⅰ.補聴器装用上の問題
補聴器の性能は最近著しく向上した.雑音レベルは小さく,小型軽量化され,音量の増大による適応範囲の拡大,音質の向上,自動音量調整器の一般化など器械的には一応満足すべきものが得られるようになった.残された難聴者のリハビリテーションの困難さは,障害者の持つ言語了解能力の限界によって規定されてしまっているということである.私はかつて,国立聴力言語障害センターに在職中にこの問題に没頭した時期があったが,聴覚障害者のもつコミュニケーションの問題を理解しようにも,まず,正常な聴覚を持つ人の脳を含めた聴覚言語のメカニズムで知られていないことの多いことに絶望感を抱き,障害のもつ重みに圧倒されてしまった苦い経験をもっている.障害者を前にして,聴力回復はもとより,補聴器によっても解決の得られないもどかしさは,私にまず障害者の問題から離れて正常者の聴覚と言語の脳内のメカニズムを理解することから出発する必要を教えてくれた.補聴器の適応を考えざるを得ないはめになった感音難聴の人々の障害は自然治癒はおろか,医療によってもその障害が軽減される見込みは絶望的といえるが,このような障害者が現状のままで得られる補聴効果の最適な状況はどのような環境においてであろうか.それは騒音のない環境で各障害者に最適な音響機器で増幅音を聴くときに得られるものであろう.静かな防音室内でマスター補聴器や語音測定装置で言葉を聴いた条件にあてはまる.これは言語音の雑音のSN比が理想的に大きく保たれたときで,一歩戸外に出たら個人補聴器によっては望むべくもない苛酷な条件となる.補聴器装用を妨げる障害として幾つかの問題があるがこのうちいまも昔も変らないのがSN比の問題で,両耳補聴器の装用が推賞されるのも,この問題の解決法としての若干の意義が見出されたにほかならない.
私は最近正常者について行っている言語音と雑音の脳内での競合実験の知見を紹介し,われわれが左右に2つの脳を持つことと脳内のSN比との関連について説明を試みたいと思う.聴覚障害者の補聴器の実用化という問題に直接役立つということではないが,補聴耳の選択を考える揚合に役立つこともあろうかと推察される.
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