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はじめに
経済成長と人口増加とが調和のとれた前進をしている限り,人々の生活水準は下落するはずはないのであるから,その意味では,安定社会は,現実に住み心地の良い社会となろう.これは1848年,すでにミル(John Stuart Mill)が指摘した安定社会のアイデアであった.安定社会は,緊張の緩和に役立ち,人々は,トゲトゲしい労働生産一点張りの生活から転じて,思索や芸術などの非経済行為に価値をおくようになる.そうすれば社会はより人間的なものになっていくにちがいない.しかし,1975年の今日の社会を急激におそっている低成長の波は,こうした楽観的な筋書き通りの結果をすぐにもたらさないようである.生産は,たとえストップできたとしても,これまでやっと社会の人々の関心にのぼることができるようになった社会福祉対策の中で,最低限の労働の機会と生活を守ってきた人々の生存へのニードにブレーキをかけることは非常にむずかしいからである.社会に安定をもたらすはずの低成長も,不況防衛対策の防波堤のない人間サービス注1)の部門にあっては,きびしいショックとしか受けとめられない事実に直面させられる.
現代イギリスの社会政策学者,ルドルフ・クライン(Rudolf Klein,1974)は,備えのない社会でのゼロ成長は,高度成長社会がエコロジー危機をもたらしたのと変わりないほどの脅威を人間に与えると警告を発している1).わが国の授産施設でやっと仕事にありつけて,微少な賃金で働いている身体障害者の現状をみていると,この警告の意味が立体化してくるようにも思われる.
障害者の雇用問題は,高度成長期においてすら,きびしいものであった.わが国ではそのため,比較的障害は重いが働く意志のある身体障害者たちは,就労の機会と賃金収入の道を保障する目的で運営されている身体障害者授産施設や福祉工場に集まって働いている.これらの施設の仕事の大部分は,これまでも親企業の下請の形で成り立って来た.ところが,ここ1~2年の景気抑制で親工場(といっても大部分,中小企業)自体,倒産したり事業不振におちいる状況が生まれ,その余波で障害者のための授産施設は最もきびしい試練の真只中におかれることになった.全国身体障害者更生施設協議会が実施した調査2)は,1975年現在1カ月の平均賃金が6,682円という,経済的には力の乏しい障害労働者の上にシワ寄せられたゼロ成長の影響を,次のように明らかにしている.
1)売上高の半減に伴う減給
2)注文の途絶
3)新しい仕事に転換させられても,重度身障者は職務の急変には適応が困難
4)単価引下げ
5)加工賃支払いの遅延
6)入所者全員に仕事は皆無
不自由な身体の全力をかけて働いても,仕事が順調な時でさえ,平均月額7,000円未満の収入で生きる彼らにとって何と不況は容赦のない,苛酷な影響を与えていることだろう.
アメリカにおいても,障害者のためのワークショップの経営は苦しく,また,これまで全国に相当な規模で置かれていた公立リハビリテーション研究所は約半数に縮少され,大学に出されていたリハビリテーション専門家養成奨学金や,将来の専門職者を志す学生に与えられていた奨学金も目に見えて限定されるようになった.かように低成長ともなれば,福祉部門に向けられる国家予算が,海外においても,等しくぎびしいものであると考えられる.だが,アメリカにおいては,障害者福祉対策の擁護に役立つ付帯制度のあること,また低成長期にあっても,その静止状態を打破しようとする障害者福祉に対する住民参加の動きにも注目してみたい.
常に変貌するアメリカの障害者福祉を,本稿では,次のような角度からとらえてみることとする.①政策の基本理念の変容,②地域福祉計画の推進,③職業リハビリテーション事業の防備対策,④専門ワーカー及びボランティア・ワーカーの動向.
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