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Ⅰ.はじめに
1)医師と法律家
医師と法律家とは,同じくプロフェッショナルとはいえ,以前はあまり職業上でのかかわり合いはなかった.しかし,近年のいわゆる福祉社会においては,若干事情が変ってきた.こと後遺障害の評価をめぐる問題に限っても,一方では社会保険制度において,他方では損害賠償制度において(被害者救済の拡大の方向に伴い),医師による評価と法律家による評価が要請されるようになった.そして,このような領域では,医師にとっても法律は無縁のものではなくなり,また,法律家にとっても医学的知識が必要とされるようになった.しかし,所詮はお互いに専門外のことである.医師の側からみておよそ見当違いの医学的評価に基づいた法的判断が目につくことがあろうし,逆に,医師による医学的認識の法律への適用が法律家の目には奇異に映ることもある.そして,このようなことがないように,われわれ法律家は難しい医学の専門知識を必要とする場合には,医師の鑑定とか診断とかによってこれを補うようにしているが,時にはなかなか適切な専門家の協力を得られないことがある.また,医師の折角の診断が,たとえば,労災保険法の理解が十分でないために,労災保険の後遺障害等級の判定を誤り,よけいな紛争の種になることもないではない.したがって,このように医学と法律学との交錯する場面での判断を要求される者としては,自己の非専門分野についても,少なくとも専門家の意見を理解し,これを正しく適用するだけの基礎は身につけておく必要があると痛感しているのである.
2)後遺障害の法的評価の2つの場面
事故等により受傷した者に後遺障害が残ったとき,何らかの社会保険の給付を求める場合における障害の法的評価の問題もあろうが,もっとも争訟として紛糾するのは,このような障害者が不法行為者等に対し損害賠償を求める場合の障害の法的評価の問題である.
その1つは,受傷者が後遺障害を負わされたことによる精神的苦痛を法的に評価して,これをいやすに足りるものとしての慰謝料が算定される.そして,このような算定に当たって,どのような事清をどう勘酌するかについては,法律に特別の定めがあるわけではなく,従来から,後遺障害の部位・程度,存続期間,将来の不安その他の諸事情を勘酌して裁判官が自由な心証でこれを算定すべきものとされてきた.ただ,裁判官の恣意を排除し,公正・妥当な客観的評価を志向して,現在の裁判実務では,ある程度の基準化・定額化を図っており,後遺障害の部位・程度(障害等級)に対応して相当な慰謝料額の基準が用いられている.たとえば,東京地裁では,後遺障害等級に応じて次頁の表1のような慰謝料額が基準として用いられるようである(沖野「東京地裁民事交通部の損害賠償算定基準」別冊判例タイムズ1号1頁参照).
そして,慰謝料額の算定においては,諸事情をいかに適切に勘酌するかという点の難しさはあるが,それ程複雑な法理論を必要とするわけではない.
後遺障害の法的評価においてもっとも複雑かつ困難な法律問題を提供するのは,次にみる後遺障害による逸失利益の算定の場合であり,したがって,本稿の主たる目的もその間題点を解明することにある.
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