Sweet Spot 文学に見るリハビリテーション
中島敦の『悟浄出世』―森田療法的な解決
高橋 正雄
1
1筑波大学障害科学系
pp.400
発行日 2010年4月10日
Published Date 2010/4/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552101756
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昭和17年に中島敦が発表した『悟浄出世』は,「自分とは何か?」を問わずにいられない主人公の悟浄が,自らの苦悩を脱却する過程を描いた精神療法的な作品である.
悟浄は,流沙河の川底に住んでいたおよそ1万3千の妖怪の一人だが,これら大勢の妖怪のなかで,彼ほど心弱い者はなかった.彼は「常に,自己に不安を感じ,身を切刻む後悔に苛まれ」て,何を見ても「なぜ?」と問うような存在だった.懐疑的な彼は,「いったい,魂とはなんだ?」とか「俺とはいったいなんだ?」というような,ある種の形而上学的な問いに悩まされるようになっていたのである.その挙げ句,悟浄は何をするのも厭になり,見るもの聞くものすべてが気を沈ませ,何事につけても自分が厭わしく,自分に信用が置けなくなり,何日も洞穴に閉じ籠もって食事もとらなくなるといった,うつ状態を思わせる状態に陥った.
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