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耳の異物をとつて出世した男/耳と鼻の俳句
pp.86
発行日 1954年2月20日
Published Date 1954/2/20
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1492201082
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傾城風流杉盃という書籍に,耳の異物をとつて意外の出世した男の話がのつている。一寸面白いので次に記して見た。
「その頃,殿の若殿當年3歳にならせ給うが,御廣書院にして,うば,おち,小法主の可應まじりに,御きげんよく遊び給ひしに,あやまりて芥子人形の頭を,耳の中へ入れさせ給ひしを,おそばに有し者共,かつてしらずして,むつかり給ふに氣を付て見しに,御耳の中にくろき物有しに,おどろき是はこれはと手と足をにぎり,さまざまとりいださんともがけども,奥へこそいれ口へ出る躰見えざれば,次第々々にくるしみ給ふなきごゑもれて,奥さまをはじめ殿にも出させ給ひ,耳療法の靜耳は申すに及ばず,しるべあるほどの醫者や,外科,針立,その外按摩のたぐひ迄召しよせられ,耳の中なる物をとり出すべきとの仰せなれども,ついに回春にも素問にも見あたらぬことゆえ,おのおの一間に入りて工夫すれども中々埒あかず,時刻うつるほどはれなど出ては,穴せばまりて,取出すに難儀なるべしと,ひそひそと申せば,奥がたに抱かへて,はやかたはしよりなきわめくゆゑ,殿御廣間に出給ひ,家中殘らず召して,右の次第を仰せわたされ,若しかようの物を取出す者あらば,其の役儀より引上げてめしつかはるべきとの仰せなれどもたれ一人とり出して見んという者なかりしに,末の足輕の中に澤沼鷺太夫とて,さまで武功はなけれども,才覺者と名にさゝれし者,お頭役千丈瀧右衞門に申す樣,若殿の御容體只今承り,我等まで氣の毒に存じ奉りぬ。去りながら仰渡されし趣なれば,拙者早速取出し申すべしと申上げる。
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