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はじめに
介護サービス(長期ケア)の提供過程で,利用者に生じた事故を介護(長期ケア)事故と呼ぶことができる.介護事故に関する裁判例のうち,本稿では特に,高齢者についての裁判例を検討する.裁判例としては,これまでに以下の6件ほどが公表されている.転倒・転落事故の裁判例が3件(後述1,3,6),誤嚥事故が2件(後述2,4),施設からの失踪事故が1件(後述5)である.このうち,介護保険法施行後の事故の裁判例は1件(後述6)である.これらの裁判例について,判決の年月日順にその概要を紹介したうえで,若干の考察を加えることとする.
1.東京地裁平成10年7月28日判決(「判例時報」1665号84頁)
1)概 要
脳出血のため入院していたA(事故当時59歳)は,平成4年6月13日に退院したが,退院時になお左半身麻痺の症状が残り,失認状態があったため,いわゆる近位監視歩行をとる必要があった.しかし,立っているだけでは近位監視は不要であった.同年7月1日,Aは,病院でリハビリテーション訓練を受けた後,社会福祉協議会(社協)に登録されていたボランティアに付き添われて,帰宅すべく病院玄関に向かったが,ボランティアがタクシーを呼ぶため一時Aの側を離れた間に,玄関付近で転倒し,右足大腿骨頭部骨折の傷害を負った.
裁判における主な争点は,Aと社協との間に介護者派遣に関する契約があるか否かと,ボランティアの過失の有無であったが,判決は,介護者派遣契約の存在もボランティアの過失も否定した.後者の点についての判決の要旨は次のようなものであった.
判決は,まず,ボランティアであっても,障害者の歩行介護を引き受けた以上,善良な管理者としての注意義務を尽くさなければならず,無償の活動であることから直ちに責任が軽減されるわけではないとする.他方で,素人であるボランティアに対して医療専門家のような介護を期待することはできず,障害者の身を案ずる身内の行う程度の誠実さをもって通常であれば尽くすべき注意義務を尽くすことが要求されていると説く.
そのうえで,判決は,ボランティアが,Aの側を離れるに際して,Aにタクシーを呼んでくるから待つようにとの言葉を残し,Aもこのことを理解していたこと,ボランティアがAを待たせた場所は,特に危険な場所とは認められないこと,ボランティアがAを長時間待たせていないこと,Aは,近位監視歩行が必要であり,そのためにボランティアが通院に付き添うようになったのであり,そのことはAも十分に理解していたはずであることから,Aは,ボランティアが,指示された場所で待つことを期待することができたと述べる.そして,Aは,おそらく少しくらいなら大丈夫との判断に基づいて歩き始めたものと思われ,結局,本件事故は,Aの過失によって生じたものと言わざるを得ず,ボランティアに過失はないとする.
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