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はじめに
筆者の研究グループは,「パラアスリートの脳は神経リハビリテーションの最良モデルである」との視点からパラアスリートの脳の特異性と,それをもたらす神経メカニズムについて研究している.
オリンピック選手に代表されるエリートアスリートの脳構造・脳機能に特異的な適応が観察されることは旧知の事実であった1).しかしパラアスリートに関しては多くの研究者の注目を集めることがなく,ましてやニューロリハビリテーションとの関連からこれを取り扱う研究は筆者が知る限り皆無であった.
パラアスリートは例外なく何らかの障害を有する.障害は先天性にせよ,中途にせよ,中枢神経系内に障害由来の可塑的変化を誘導する.この点において,障害がないアスリートと障害があるアスリートには決定的な違いがある.すなわち,パラアスリートの脳においては,傷害由来の可塑的変化と競技トレーニング特異的な可塑的変化があいまって,障害がないアスリート以上に特徴的な変化が中枢神経系内に生じると考えられる.それらの長期にわたる相乗作用の結果が障害特異的かつ競技特異的な脳再編として表出するのであろう.
さらに,パラアスリートにみられる脳再編は,競技パフォーマンスを最大化するための限界に近い身体トレーニングに加え,勝利や記録突破をめざす高いモチベーションが強く影響していることが容易に想像される.これらがいかなる神経メカニズムのもとに生じるのかを解明することは,リハビリテーションにおいて,より効果的,効率的な機能回復を促す介入法の開発につながるのである.
リハビリテーションへの再生医療の本格的導入がまさに始まろうとする今日,人間の中枢神経が本来有する再編能力をいかに引き出すのか,この課題解決に向けた基礎研究を加速することが急務と言える.このような視座に立つとき,パラアスリートの脳が神経可塑性とそれを基盤とする神経再編能力を実証する存在であることに気がつく.パラリンピックブレインの表出形は障害特性,競技特性に応じて多様であるが,その背後には統一的な原理が存在するはずである.それを探究することこそ,パラリンピックブレイン研究の本質的意義と言える.
本稿では,筆者らが近年研究対象としてきたパラアスリートのなかから,パラリンピックスイマーの例を取り上げ,水中環境での運動能力と陸上での運動能力の相違,そしてそれをもたらす神経機序についての仮説を述べる.さらに,その仮説に基づいて実施された脳卒中片麻痺患者のニューロリハビリテーションの例についても紹介する.
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