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はじめに
スーザン・グリーンフィールド1)は,著書『未来の私たち』において,21世紀の科学技術が人の思考と感覚に及ぼす影響を議論している.また,レイ・カーツワイル2)は,著書『ポスト・ヒューマン誕生』において,2045年には,遺伝子工学,ナノテクノロジー,ロボット工学の革新により「シンギュラリティ(技術的特異点)」が到来すると予測している.グリーンフィールドは,われわれ自身がどのような社会にしていきたいのかを考えさせ,カーツワイルは,技術との共存・共生がどのような社会になるのかを考えさせる.カーツワイルは,2020年代に,人工知能(artificial intelligence:AI)が人間並みになり,自らを改良し続けるAIが生まれ,AIがAIを生み出すことが可能になると予測する.実際,AIに関する技術革新は,われわれの生活に大きな影響を与えてきた.
さて,知能とは何か? 知能の定義は,時代背景に大きく依存する.初期のころのAIでは,人間の記号操作と探索に関する能力の実現をめざしていた.例えば,Turing3)は,「計算機構と知能」の論文のなかで,チューリングテストに合格すれば,機械が知能をもっていると定義したが,現在,スマートスピーカーは,天気やニュース,レストランに関する情報など,簡単な質問なら,瞬時に答えてくれる.日本の人工知能学会の設立趣意書では,「人工知能は大量の知識データに対して,高度な推論を的確に行うことをめざしたものである」と定義されている4).
一方で,AIは,「それまでに実現されなかったことを実現する能力」と定義されたりもする.IBMのDeep Blueがチェスの世界チャンピオンに勝利したとき,人間の知能に関する議論が社会現象的に活発になった.しかし,このニュースで最も印象深いことは,チェスの世界チャンピオンが「Deep Blueに人間にはない別の知性を感じた」と発言したことである.別の知性,つまり,人間が行うやり方とは違う何かであり,人間ではなし得ない何かなのであろう.これが,現在,多くの人が考えているAIに対する畏怖につながるのであろう.
言い換えると,人間と類似した知性であれば,畏怖を抱かないのであろうか.実際,AIに関する理論や仕組みがわかってしまえば,知性を感じなくなるかもしれない.知能に関する研究は,知能そのものの議論よりも,むしろ知能がもつ断片的な知的側面を強調している場合がある.例えば,チェスのプログラムなど目的やタスクが限定されているような研究は,弱いAIと呼ばれ,人間に迫るような知能の実現に関する研究は,強いAIと呼ばれる.このように知能に関する研究は,さまざまな観点から研究が進められてきた5,6).
計算知能(computational intelligence:CI)は,ニューロコンピューティング,ファジィコンピューティング,進化計算などを含む方法論の総称である7).AIが記号表現と記号操作に関するトップダウン的なプロセスであるのに対し,CIは,数値計算に関するボトムアップ的なプロセスとして位置づけられる6).一方,生物知能(biological intelligence:BI)は,physical+chemical+αとして議論されている.人間の脳の活動は,物理的・化学的な法則に従うが,これだけでは,知能を説明することができず,このαの解明が中心的な課題とされている.ここで,AI,BI,CIを合わせて,知能のABCという7).
昨今,深層学習(deep learning)がAIであるような説明が多いが,深層学習に関する研究は,CIの分野においても活発に行われてきた.深層学習はAIを支える1つの技術として革新をもたらしたが,さまざまな機能が「システム」として同時に組み込まれている.例えば,深層学習の事例としてIBMのワトソンがしばしば挙げられるが,対話型サービス,自然言語処理,検索・探索,音声認識/合成,画像認識などの機能も含まれる8).多くの機能に深層学習が用いられているが,実用化されるシステムの一部としてどのように組み込んでいくかが問題となる.
例えば,道案内を行うロボット9)を例に,AIの機能を考えてみる(図1).図中では,まず,ロボットは,迷っている人をみつけて話しかけている.その際,画像認識から高齢者であることを認識するが,同時に,音声認識,言語認識,翻訳を行い,「私が行きたい」という結果を得る.ここで,手にもっている紙に書かれた文字を「エビス」と認識するが,人の名前なのか,地名なのか,飲み物なのか,七福神なのか特定ができない.しかしながら,「高齢者」,「私は行きたい」,「エビス」という個々の認識結果から統合・推論を行うと,エビスへの道案内というタスクとなる.次に,ロボットは,多言語音声対話で,高齢者の意図を確認し,駅までの経路計画を行う必要がある.この場合,最短経路よりも,ロボットや歩行者の身体能力に合わせて安全で,かつ,移動しやすい経路を探索する必要がある.探索が終われば,実際に,高齢者と一緒に歩きながら,障害物回避を行いつつ,目標地点までの誘導が必要になる.以上のように,普段,われわれが行っている簡単な道案内も,ロボットに行わせようとすると,複数の機能をシステムとして同時に組み込む必要があり,さらに,洗練していこうとすると,環境とのインタラクションや人間とのコミュニケーションを通して,学習し続ける必要がある.
本稿では,人工知能に関する歴史を振り返りつつ,知能化に関する動向について紹介するとともに,医療・福祉の分野における知能化とシステム化について展望する.
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