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姿勢制御と歩行に関する書物は多く出版されている.姿勢制御に関してはShumway-cookとWoollacottによるmotor control,歩行のバイオメカニクスに関してはInmannによるHuman walking,そしてPerryによるGait analysisなどはわれわれにとってバイブルである.さらに,日本の歩行解析の第一人者である江原義弘氏,山本澄子氏がわかりやすく歩行を解説した本も日本の多くの理学療法士,リハビリテーション関係者,バイオメカニクス研究者の座右の書となっている.上記の本によって,歩行のメカニクスが理解しやすくなり,理学療法の臨床現場においても役に立つ知識として活用されている.しかしながら,姿勢制御や歩行に関してパラダイムシフトを起こすほどのインパクトを与えるほどの本であるにもかかわらず,臨床現場は大きく変化していない.
前述したバイブルによって,姿勢制御に関する正常なメカニクス,異常なメカニクスについての整理はかなり発展してきた.しかし,メカニクスだけに注目すると,最終出力として観察される運動学・運動力学的パラメータをそのまま最終目的とした説明になってしまい,それ自体の変化に焦点をあてた治療を展開しがちになる.そのような治療介入は,一時的には結果が出ても,なかなか思うような改善は得られないことが多いことを経験している.本書は私のなかにある疑問を解くためのヒントを与えてくれた.単に立位保持や歩行を実現すればよいのであれば,それぞれの体節・肢節の位置や運動には無数の可能性があるが,観察された立位姿勢と歩行は何らかの基準に基づいて選ばれたものである.健康な状態であれ,異常な状態であれ,感覚運動システムは姿勢制御と歩行制御の目標を達成するために,課題を達成するための解決策を探し出す.それは,環境,課題,個体の制約に適応することによってさまざまな方法で自己組織化を行う.感覚運動システムは制約が増加すると不安定となるが,不安定ななかでも課題を達成するために感覚情報の探索とそれに基づき制御戦略を新たにつくり出す.つまり,治療介入によって姿勢や歩行を変化させるためには,最終出力として観察されるメカニクスのみの変化に焦点をあてた治療法では限界があり,何を目的に,どのような制約の下で,どのような制御を行おうとしているか理解し,制御そのものを変化させるために,個体の制約に応じて環境と課題を適切に設定する治療介入が不可欠である.
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