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ある落語家が寄席の冒頭で,「北海道伊達市の観光課の職員の話によれば,噴火湾では春になると,ホタテ貝が一斉に殻を開いて海面に顔を出し,正に帆を立てて風を受けながら次のえさ場を求めて移動するのだそうです.ホタテ貝の大群が海面を真っ白に染めて移動するその光景は,それはもうたとえようもないくらい素晴らしいものだそうです.みなさん,春になったらぜひ一度,それを見に北海道へ行きませんか.」と語っていました.話し家としてプロ中のプロであるだけに,会場の多くの人たちが感動に値するその様を語った話術に陥れられたようでした.有珠山の爆発が沈静化した頃のことだったと記憶しています.もちろん,そのような事実はなく,その落語家は落ちで会場を大爆笑に導いたわけです.ところで,そうか,殻を帆のように立てて風を受けて移動するからホタテ貝というのか,なんて思い込んでしまう人はどのような人だと理解すればよいのでしょうか?知識がないだけ,と言えばそれまでですが,では,ホタテ貝の移動のことについて詳しい知識が自分にあるかと言えば,それは違います.結局,私はそういう人のことをとても心地よく受け止めてしまうのです.そのほうが楽しいと思いませんか?
さて,特集「脳科学からみた理学療法の可能性と限界」の話題はホタテ貝の話とは違って,笑ってごまかす,というわけにはいきません.脳科学の知識があるとないとで,脳損傷患者への関わり方も随分違うでしょうし,将来の発展性も異なってしまう可能性があります.現在の脳の科学の情報は神経生理学的アプローチが主流をなしていた1970~1980年代頃のものとは相当な開きがあります.また,脳損傷患者への取り組み方もその頃とは違って,脳そのものの学習を意図した積極的なアプローチがなされています.より具体的な課題志向的なものであったり,より多くの時間を割いたり,非障害側を強制的に使えないようにして障害側を集中的に使用したり,認知過程に働きかけたり,その他,興味深い試みがなされており,成果も報告されるようになってきました.本号特集ではその試みをいくつか紹介し,脳科学の視点から理学療法の可能性と限界についてまとめていただきました.,川島氏にはアルツハイマー型痴呆(認知症)の脳の可塑性を示しながら成人の脳の可塑性と限界について解説していただきました.三原氏には歩行機能の回復に関連する神経ネットワークの変化と介入効果について,沼田氏には近年提案されている運動療法と学習効果についてご紹介いただきました.また,内田氏には認知運動療法の,また,網本氏には高次神経機能障害の可能性と限界について可能な限り迫っていただきました.いずれの解説も,これからの脳損傷患者の理学療法の展開に希望を抱かせるものになっています.どこまでその可能性を追求できるか,この10年間に注目したいと思います.
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