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認知とは世界に意味を与えることである.認知運動療法は身体を使って世界に意味を与えるために開発された学習戦略である.人間は常に世界(環境)と対話している.それは自己の身体を介してであることはいうまでもない.認知が身体(行為)と関係し,身体行為を介して環境と相互作用(inter-action)する点を強調するこの立場は,身体に埋め込まれた認知(embodied cognition)1)と呼ばれている.この働きが実現されるために感覚と運動の統合(sensorimotor integration)が究極の精度を持って対応している2).これは単純な感覚統合を意味しているのではなく,環境における文脈(context)に応じた意識や表象をも含んでいる.知ることと動くこと,すなわち知覚と運動は分断することができない.行為という知覚経験は身体運動と不可分である.元来,知覚と運動は分断して考えられることが多かった.しかし,最近ではより高次な思考と運動においても神経機構と作動原理を共有する情報処理過程であると認識されている3).こうした身体―行為に関する理論4~6)を肯定する脳科学あるいは認知神経科学的知見がここ十数年数多く報告された.また,それらの知見を基に斬新な哲学的思考が生み出されてきた7).本稿では,認知運動療法の基礎科学と題して誌面の許す限り最近の脳・認知神経科学に触れてみたい.
脳のなかの身体
感覚野は二重8)もしくは多重9)に再現(represen-tation)されていることが明らかにされる一方,その再現は局在的でなくオーバーラップする知見も報告されている10).他方,身体両側からの情報が感覚野で統合され,再現されている11~14)ように,もはや感覚野は単純なホムンクルス15)ではない.Merzenichら16)はヨザルの体性感覚野において,末梢神経を切断,あるいは指そのものを切断した後,身体部位再現が変化することを報告した.Ponsら17)はサルの片手を麻痺させた後,顔面に触れると手に対応している領域のニューロンが発火することを明らかにした.その後,同じ知覚経験(perceptual experience)を持つ上肢切断者の発見により,投射性感覚(referred sensation),いわゆる身体地図のreorganizationが起こることがヒトにおいても明らかにされた18).これらの知見は,知覚が単に感覚の集合体でないことを示している.そして重要なのは,脳は身体のイメージを構築している点であり,必ずしも感覚入力が必要でないことを知らせてくれる.脳は過去の知覚経験により生成された脳内イメージによって知覚を生成しているのである.また,接触課題によっても再現領域は拡大,変化し,感覚野の身体地図が絶えず書き換えられている19)ように,ある経験が脳の身体地図をダイナミックに変えることが明らかになっている.一方,同じ時期に運動野でも身体部位再現が二つ20~22)あるいは複数23,24)存在する知見が発表された.これに関して,Strickらは二つの実験20,21)から,運動野の前部を占める旧知の領域は関節と筋の求心性信号の制御下,後部は触覚の求心性信号の制御下にあることを示し,物体の表面を弁別する触覚情報も運動野で再現されているのではないかという仮説を提示した.また,最近になって早期の知覚経験が運動野の身体地図に影響を与えることが明らかにされた25).触覚(体性感覚)を主体とした感覚モダリティを用いた接触的作業は初期の認知運動療法の基礎となっている26).
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