エトランゼ
ロンドン日記から(1)
常田 正
pp.1117
発行日 1986年9月1日
Published Date 1986/9/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1543203854
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×月×日夜 ホテルのレストランで夕食をとる.ベルサイユ宮殿を模したというホテル自慢の豪華なつくりのレストランで食事をしていたのは白人の男女が二三組ほど.小生はひとり淋しくテーブルにつく.だがイタリー系の給仕人たちが四,五人がかりで接待してくれたので,結構にぎやかな食事となった.チップをはずんでやる.マネージャーが礼を言いに来た.
×月×日朝 朝食に行って驚いた.数十人の日本人観光客がどこからわき出して来たのかと思う程うようよ屯(たむろ)していた.朝食を待っているのだ.昨夜の顔見知りの給仕の案内で席につく.観光団の中のひとりのお爺さんが,「ここへ座(すわ)ってもいいですか」と聞く.「どうぞ」お爺さんが座る.給仕が小生の注文を運んでくる.「コーヒー・プリーズ」とお爺さんが声をかける.給仕は無視する.「この爺さん,何だってこんな所に座っていやがるのだ」とそっぽを向いてつぶやいていた.給仕の後姿に「コーヒー・プリーズ」とお爺さんは叫ぶ.壮年の観光団員が若い添乗員をつるし上げている.添乗員はマネージャーを探し求めて馳けずり回る.給仕達は知らん顔.団員達はそわそわと立ったり座ったり.添乗員に文句を言ったり,給仕に勝手に注文したり.添乗員は顔を蒼白にし,額にあぶら汗が光る.やがて「時間です.バスが表に来ています.もう飛行機の時間がありませんからバスの方に急いで下さい」と添乗員の悲痛な声.イギリスのホテルは朝食つきのはずなのだが,一行はついに朝食にありつけずに出発せねばならなかった.
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