エトランゼ
"専門英語"とは何ぞや(4)
常田 正
pp.639
発行日 1985年7月1日
Published Date 1985/7/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1543203401
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[5]N先生は化学者であると同時に,その語学力は天下に広く知られておりました.ある機会に化学英語のテキストを執筆することになり,筆者が英文法面でのお手伝いをすることになりました.筆者が文法解説の文例を化学の原書から集め,その英文にN先生が日本語訳をつけて下さるのですが,筆者も舌を巻いたことには,N先生は筆者が英文を読み上げると,その場で片っ端からすらすらと日本語にお訳しになり,しかもその日本語訳が申し分のない立派な訳でありました.そのため仕事はたいへん順調に進んでいましたが,文法説明が仮定法のところでは文例を集めるのに非常に苦労しました.要するに化学の世界では‘if’が極めて少ないのです.苦しまぎれに筆者は『リーダーズ・ダイジェスト』の中から一文を拝借して,員数合わせの文例にしました.ところがN先生の名訳の口述が,その文例にさしかかるとはたと止まってしまいました.何やら口ごもっていたN先生.「こりゃ,どうもまずい.うまく訳がつかん.これはあとで君が訳しといてくれ」とおっしゃったのです.N先生の場合,専門英語と一般英語の違いはかくも歴然としていたのです.
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