Ex Laboratorio Clinico・14
赤血球酵素異常ピルビン酸キナーゼ欠乏症の発見
三輪 史朗
1
1山口大学・第3内科
pp.170-175
発行日 1978年2月15日
Published Date 1978/2/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1542914666
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入局当時の血液学の流れ
私は昭和26年に東大医学部を卒業し,沖中重雄先生の内科学教室に入局した.研究の方向としては血液学を選んだ.形態学に興味を持ったからである.当時沖中内科で血液学の指導者として現自治医科大学学長中尾喜久先生と現徳島大学教授三好和夫先生がおられた.私は主として三好先生のご指導の下に,骨髄穿刺液より得た材料から組織切片標本を作成して経時的に観察し,骨髄塗抹標本と剖検時の組織標本の対比の接点を求めるという研究を行い,昭和33年学位を取得することができた.当時の我が国の血液学は形態学が主流であったが,そろそろ転換期にさしかかっていた時期だったと言えよう.中尾先生の下では放射性鉄を用いた鉄代謝の研究が行われ,私も患者さんについてフェロキネティクスのお手伝いをする機会があったし,一方三好先生の下ではチゼリウスの電気泳動装置を用いて血漿タンパク異常について,我が国ではパイオニアとして新しい知見が出されつつあった.
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