コーヒーブレイク
松陰の旅
屋形 稔
1
1新潟大学
pp.944
発行日 1998年8月15日
Published Date 1998/8/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1542903822
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吉田松陰というわずか29年の生涯を幕末に生きて,武蔵の野辺で刑死した人はあまりにも有名である.晩年に萩郊外で開いた松下村塾という私塾から輩出した門下生たちが,明治維新という日本史上の大革新を成就した起爆剤としての役割を成し遂げたからである.
生来恵まれた学問環境にはあり17歳で長州の藩校明倫館の教授になったが,独学的方法で大成し,学校教育は一度も受けなかったという.司馬遼太郎は彼の成長過程に旅行好きを指摘している.最初の旅が20歳のときで,藩に九州平戸の兵学山鹿流の宗家への勉学を請願し,4か月の西国の旅をした.また21歳で1年ほど江戸留学をしている.この間,師匠たちには失望したが生涯の友人多数に恵まれたという.しかもこの後半4か月は私費で東北の旅に出た.
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