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1.はじめに
高アルカリフォスファターゼ(alkaline phosphatase;ALP)血症(hyperphosphatasemia)の患者は外来診療で時々遭遇する.このような場合に,まず肝胆道系疾患由来のものか,骨疾患由来のものかを鑑別する.骨型アルカリフォスファターゼ(bone specific alkaline phosphatase;BAP)の上昇がみられ,他の肝機能異常がみられず骨疾患由来の高ALP血症であると判断した場合は後者であり,考えるべき疾患として,骨パジェット病(Paget's disease of bone),骨軟化症,骨折,転移性あるいは原発性骨腫瘍,副甲状腺機能亢進症やテリパラチド治療中などの高骨代謝回転状態,さらには稀な疾患としてsporadic hyperphosphatasia syndrome,familial expansile osteolysis,expansile skeletal hyperphosphatasiaなどが挙げられる.
これらの骨疾患由来で高ALP血症をきたす疾患は,全身的な骨代謝の異常で生ずる病態と,ある一部の骨病変からのALP産生亢進に伴うものに大きく分けられる.骨パジェット病は基本的に後者に属する疾患である.骨パジェット病は罹患した骨(単骨性と多骨性がある)の局所で,異常に亢進した骨吸収とそれに引き続く過剰な骨形成(骨リモデリングの異常)が生ずる結果,骨微細構造の変化と骨の形態的な腫大・変形とそれに伴う局所骨強度の低下をきたす疾患である.1877年,英国のJames Paget卿により変形性骨炎(osteitis deformans)として初めて詳細が報告された1).この,“変形性”という表現は今なおX線像上の読影を行ううえで有用であり,その病像をとらえた的確な表現である.
病名に関して本邦では様々ないきさつで誤った発音で記載された経緯があるが,Pagetの発音はパジェットが正しく,骨パジェット病という正しい病名で述べられることが望まれる.骨パジェット病は英国を含め欧州の南地域や米国の高齢者には極めてありふれた骨疾患であり,英国ではNARPD(The National Association for the Relief of Paget's Disease)という協会が1973年に,米国ではThe Paget Foundation For Paget's Disease of Bone and Related Disordersという財団が1978年に設立され,現在ではインターネットを通じて患者および医療関係者が容易に骨パジェット病に関する情報を手にすることができるようになっている(http://www.paget.org.uk/,http://www.paget.org/).
一方,本邦では極めて珍しい疾患であり一部の医師以外は患者を診る機会がほとんどないが,珍しいがゆえに貴重な症例報告が蓄積され,骨パジェット病に罹患し様々な合併症をきたしている患者の存在は知られていた.しかし,本邦での罹患率や臨床的特徴に関しての情報や,一般の医師の診断機会を増やすための啓蒙資料もない状況が長く続いていた.このような背景の中で,2002年に日本骨粗鬆症学会の中で当時の日本骨粗鬆症学会理事長故森井浩世先生の発案により「骨Paget病の診断と治療ガイドライン委員会〔委員長 吉川秀樹先生(大阪大学整形外科)〕」が設けられ,骨パジェット病に関する全国レベルの有病率と臨床的特徴に関する調査,また日本での診断と治療のガイドライン作成が行われ,2つのレポートとしてまとめられた2~5).同時にこの委員会活動の中で,本邦での不十分な治療状況を示唆するデータが明らかとなった.
このデータを背景に,欧米では治療の第一選択薬の1つでありながら日本では認可されていなかったリセドロネート(17.5mg/日の連続56日間投与)が,患者救済の企業倫理に則った製薬企業による治験開始の決断と,厚生労働省による希少疾病用医薬品指定の判定という,いずれも大変貴重な判断をいただき,国内第Ⅲ相試験が行われ6),2008年7月に本邦で3剤目となる骨パジェット病治療薬として使用可能となった.これにより,本邦でも骨パジェット病を十分な病勢のコントロールに短期間で確実に持ち込むことができる時代となり,現在患者にとって大きな福音となっている.それゆえ,これまで以上にこの疾患をきちんと診断する意義は高くなり,多くの医師により適切に診断と治療がなされる機会が増えることが望まれる.
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