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曾根崎理恵(菅野美穂)は名門帝華大学医学部,産婦人科の講師である.専門は不妊治療で顕微鏡下人工授精のスペシャリストとして高い手技を持つ.専門課程の医学生に講義も担当しているが,その内容は体外人工受精や代理母出産についても言及している.産婦人科学会でノーを突きつけられいる代理出産についての彼女の発言は,一貫して子どもを欲しいと願う女の立場からで,極めて肯定的なものである.しかもその言葉は確信に満ちている.医学部長を狙っている主任教授の屋敷はそのことを煙たがり,理恵のことを危険人物と思っている.映画「ジーン・ワルツ」の話である.そんな理恵を支えているのは,普段はつれなく接している同級生で准教授の清川吾郎(田辺誠一)であった.理恵は産科医院マリアクリニックにアルバイトに行っているが,清川もかつてその産院に勤めていたことがある.この医院の院長,三枝茉莉亜(浅丘ルリ子)は末期の肺癌を患い,医院の離れで闘病生活を送っている.そんな彼女にさらに不幸が襲う.同じく産婦人科医で,理恵や清川と同級生の長男が,癒着胎盤による大量出血から分娩中の妊婦が死亡し,刑事事件として告発され,逮捕拘留中の身の上であったのだった.そんな中でマリアクリニックは必然的に患者も徐々に減り,閉院間近となっていたが,残された4名の患者は定期的に通院しており,理恵は院長代理としてそれらの患者の出産に付き合おうとしていた.実は理恵には悲しい過去がある.以前結婚していた夫との間に子どもを授かったが,妊娠中に子宮頸癌が見つかり,子宮全摘手術を受けていたのである.清川は,屋敷教授が医学部長に転出した場合,その実力からほぼ次の教授の椅子が約束されている.理恵にはずっと以前から想いを寄せており,深い関係となったこともあるが,彼女の,代理出産を良しとする主張や言動には,出世のこともあり,距離を置きたいと思っている.映画では,理恵が冷静かつ暖かく4人の妊婦と接していく様子が描かれていく.未婚で妊娠し,安易な中絶を望む青井ユミ(20歳),自分の胎児が無脳症であると判明した甘利みね子(27歳),長年,不妊治療をした末,悲願の妊娠をした荒木浩子(39歳),顕微授精により双子を妊娠した山咲みどり(55歳)がその内訳である.映画は急転直下,衝撃的な事実が明らかにされていく.実は山咲みどりは理恵の実の母親で,どうしても子どもが欲しかった理恵は,母に頼みこんで理恵の子どもを代理出産してもらおうとしていたのである.理恵は顕微鏡受精をした自分の卵細胞2つを母の子宮に入れたが,その妊娠は順調な経過をたどっていた.高齢の人工授精の場合,流産することも多いため,2つの受精卵を入れることが多いが,理恵の母の場合,2つの命とも順調に発育していた.そして数か月のときが流れる.台風が東京地方を襲った日,なんと甘利みね子を除く三人の妊婦に陣痛が訪れる.現場には清川と理恵しかいなかった.明らかに人手が足りない中,院長の茉莉亜までが最期の力を振り絞って出産に立ち会うことになる.山咲みどりは,高齢であり双子ということもあり,帝王切開が選択される.執刀医として,手術台に立った清川は,理恵にこう問う.「君が好きな男の子なのか」.静かにうなずく理恵.実は双子のもととなった2つ受精卵に使われた精子は,1つは別れた夫のもの,もう1つは清川と契りを結んだときに採取したものであった.
この治療をわが国で行うには法を含む様々な問題の整備が必要であるが,医療は国民,患者のためものとする観点で議論が行われるのなら,その正当性は否定することはできない.度々このコラムに書いてきたことであるが,38億年の進化の歴史は,子孫を残すための歴史であると言い換えることもできる.「子ども願望遺伝子」などといったものはないが,女性が子どもを持ちたいという願望は,遺伝子の間すきに刷り込まれたものであり,子孫を残しうる生命体に共通した「悲願」であるのかもしれない.代理出産に関しては様々な議論があるが,その想いを倫理的な論理を盾にのっけから否定しようとする輩は全くもって冷血漢というほかはない.
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