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はじめに
2003年4月に国際ヒトゲノム配列決定コンソーシアムにより,ヒトのゲノム完全解読が宣言された.ヒト染色体上には,3~4万種類の遺伝子が存在すると推定されているが,遺伝子の機能・役割についてはまだ不明なものも多い.今後のゲノム研究は,明らかになった遺伝情報をベースとして,遺伝子の機能解析やプロテオーム解析,およびこれまで解明されていなかった生命現象とのかかわりを探索する方向へ進展すると思われる.そしてその一つがエピジェネティクス研究であろう.
一般に,個々の対立遺伝子(アリル)が持つ遺伝情報は,メンデル遺伝に従って両親から子へ均等に伝わり,そして発現することは周知の事実である.しかし近年,マウスやヒトにおいて,この遺伝様式に当てはまらないエピジェネティック(後成的)な現象が少なからず存在することが証明されてきた.エピジェネティクスとは,ゲノムの遺伝情報(塩基配列)を変化させることなく遺伝子発現を制御する現象の総称として用いられ,発生・老化・癌化など様々な生命現象に関与していることが示唆されている.ゲノムインプリンティング(ゲノム刷り込み)はその代表的な現象の一つであり,両親由来のアリルがあるにもかかわらず,子ではどちらかの親由来の遺伝情報のみ,あるいは極端な偏りを伴って発現するという現象で,胚発生において極めて重要な役割を担っていることが明らかにされている.一般に,発現する親由来によりPEG(paternally expressed gene:母性形質の発現が抑制され,父性形質が発現)あるいはMEG(maternally expressed gene:母性発現)に分類される.当初,ゲノムインプリンティングは哺乳類に特徴的とされていたが,現在では被子植物にもその存在が確認されている.
ゲノムインプリンティングの特徴である“父あるいは母由来ゲノムの役割に違いがある”ことに関して報告したのは,1980年代のSuraniらが最初である1).彼らはマウスの核移植を用いた発生学的実験を行い,たとえゲノムが2セットあっても,それがメス由来とオス由来の組み合わせでないと子供が生まれないことから,正常発生には父性インプリンティングが必要であると提唱した.その後,マウスおよびヒトにおいて父性あるいは母性インプリント遺伝子が続々と発見され,一般にそれらの遺伝子では5′-CG-3′(CpG)配列におけるシトシンのC-5ポジションがメチル化修飾を受けているという特徴が明らかになった.このメチル化はインプリント遺伝子上流のプロモーター領域に存在するCpG island(CとGが高密度に存在する領域)に多く観察され,主に転写因子の結合がメチル化修飾で阻害される結果として,遺伝子の不活性化をもたらすとされている.このようなインプリント遺伝子には,父由来および母由来アリルでメチル化状態がはっきり異なる領域,DMR(differentially methylated region)が観察されている.最も解析が進んでいるヒトの11p15および15q11領域には多くのインプリント遺伝子がクラスターをなしてドメインを形成しており,(遺伝子相互の影響があることも含めて)インプリンティング調節機構により個々の遺伝子発現が導かれることがわかっている.
DNAメチル化状態の維持については,インプリント情報をリプログラミングされた精子と卵子が受精した後,まもなく全体的にメチル化が消失(脱メチル化)する現象がみられるものの,胚盤胞期頃に再びDNAメチルトランスフェラーゼの働きによって父性あるいは母性インプリント遺伝子上に正しくメチル化が行われ,その後は細胞分裂を経てもそのDNAメチル化パターンは受け継がれていくことがわかっている.ゲノムインプリンティングの破綻は胚発生の異常,ある種の先天性疾患,精神神経疾患および行動異常などに関与することが明らかになっており,さらに,様々な腫瘍においても,両親由来のアリルの活性化(loss of imprinting;LOI)や不活性化(gain of imprinting;GOI)あるいは遺伝子の欠失や増幅といったインプリント遺伝子の発現異常が観察され,腫瘍形成メカニズムを解明する対象としても注目されている.ゲノムインプリンティングを含めたエピジェネティクス研究に関する詳細については成書等2)を参考にされたい.
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