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はじめに
細胞の中にあって,呼吸を行い,エネルギーを産生するミトコンドリアは独自のDNAをもっている.精子由来のミトコンドリアDNA(mtDNA)はユビキチン-プロテオソーム分解系により排除される1)ので,卵子のmtDNAのみが受け継がれる.すなわち母性遺伝を示す.また,細胞あたり数百から数千コピーも存在することから,DNA鑑定においても特異な位置を占めている.ヒトのmtDNAは全塩基配列が解読された最初のゲノムであり,この配列は分析した大学名にちなんでケンブリッジ配列(Cambridge reference sequence;CRS)と呼ばれる.当初16,569塩基対とされたが,その後いくつかの塩基が部分的に修正され,16,568塩基対であることが判明した2).しかし,塩基番号の混乱をさけるために当初の配列の1塩基対を欠失としたこの訂正版(rCRS)が,広くDNA鑑定の標準配列として用いられている.多型の表示は,STR(short tandem repeat)多型では繰り返しの数,SNP(single nucleotide polymorphism)では塩基番号と塩基の種類で表されるが,mtDNAでは組換えがないこと,および塩基置換部位が多いことから標準配列(rCRS)との比較によりなされる.なお,rCRSとは鎖長の異なる個体も数多く存在するので,この場合は対応塩基を挿入や欠失とする.
mtDNAは環状のDNAで極めてコンパクトな構造をしており,呼吸鎖酵素の11種類のサブニット,ATP合成酵素の2種類のサブニット,2種類のrRNA,22種類のtRNAのみがコードされている.遺伝子がコードされていない約1.1kb(塩基番号1-577と16,028-16,569)の領域は,Dループ,非コード(翻訳)領域,コントロール領域と呼ばれ,mtDNAの中でも変異発生頻度が高いので,しばしばhypervariable region(HV)とも呼ばれる.その中でも変異率の特に高い部位が3か所あり,多型性の高い順にHV1(約16,120-16,400),HV2(約70-250),HV3(約480-575)と命名されている.法医学分野における個人識別では最初にHV1が解析され,この部位で多型性の低いタイプではHV2やHV3のデータを追加して活用されることが多い.
本稿では法医学領域でも活用されているmtDNAの概要と問題点などについて,概略を述べる.
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