精神科医療 総合病院の窓から・11
メランコリックな人々の群れ
広田 伊蘇夫
1
Isoo HIROTA
1
1同愛記念病院神経科
pp.156-157
発行日 1992年2月1日
Published Date 1992/2/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1541900032
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増えつづけるメランコリー
「今や秋,いずこともなく気忙しく,柩を閉ずる釘の音……」,とパリの晩秋に詩ったのはボードレールであるが,引き込まれるようなメランコリックな気分を,ここまで簡潔に,含蓄深く表現し得たのはさすが詩魂の業とみざるを得まい.ヨーロッパにおいては,このメランコリックな気分がギリシャ時代のヒポクラテスから17世紀頃まで,血液,粘液,黄胆汁とならぶ四大体液のひとつ,「黒胆汁」の過剰がもたらす魂の病い,失調とみなされてきたことは周知の通りである.その最古の出典,ヒポクラテス全集に「黒胆汁は秋にもっとも多量で,もっとも強い」,そして「その過剰は脳に作用して魂を曇らせ,メランコリーをもたらす」と記されているように,人類の古き英知は秋,黒胆汁,そしてメランコリーを一連のコンセプトのなかで理解してきたのである.いうならば,メランコリーをめぐる疾病観の歴史は永きにわたり,自然全体との関係性のうちに身体,そして精神の変調を理解しようとしてきたとみてよい.
が,現代人はすでに,この自然との関係性を喪失した時代に生き,不安を伴ったメランコリックな人々の群れは季節を問わず病院を訪れ,その癒しを求めつづけている.ここには古き社会規範,そして地域社会・家族の解体,テクノロジーと情報化社会の登場,過ぎ去らんとしている狂乱的バブル経済といった文化的,社会的,経済的激動の爪跡がしばしば重苦しい影を投げかけている.
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