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わが国は2000年の森内閣時代にe-Japan戦略を立ち上げ,ブロードバンドによる通信網の整備,それを基盤とした情報活用を進めることとした1).これに対応して,厚生労働省は,2001年12月に「保険医療分野の情報化に向けてのグランドデザイン」を公表し2),電子カルテの普及に向けた事業をスタートした.しかし,情報の標準化が不十分なまま医療機関が個別に電子化に対応してしまったために,ネットワーク化された情報の活用というe-Japan構想本来の目的に応えることはできなかった.その後,公的資金を用いた地域共通電子カルテの導入実験などが数多く行われているが,今日に至るまで十分な成果を上げているとはいいがたい.今回の新型コロナウイルス感染症の流行は,わが国の医療情報基盤の脆弱性をあらためて認識させることになった.医療崩壊は新型コロナウイルス感染症対応の困難さだけで生じるわけではない.他の急性期疾患への対応も困難になることが本当の意味でも医療崩壊である.しかしながら,わが国では全国の医療機関の診療状況について,迅速かつ体系的に把握できる仕組みがない.大規模地震や洪水などの自然災害のリスクが高く,また今後も新型コロナウイルス感染症のような新興感染症流行の可能性がある以上,わが国のこの情報基盤の弱さは早急に解決されなければならない問題である.
本稿で紹介するオーストリアは,わが国やフランス,ドイツ,オランダと同じように,社会保険制度に基づいて医療サービスを提供している国である.そして,わが国と同様,国民皆保険下における自由開業制とフリーアクセスという提供体制のために,医療機関間の情報共有や医療サービスの質評価など,わが国と類似の理念で政策課題を抱えていた国でもある.オーストリア政府はこの問題に対処するために,ELGA(Elektronische Gesundheitsakte)プロジェクトというe-healthのプログラムを展開し,短期間でその一般化に成功し,今日では予防から第三次医療までをカバーするこのシステムに国民の96%以上がアクセスできる体制を構築している.本稿では,その概要とそこから得られる日本への示唆について論考してみたい.
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