味わいエッセー 出会い
大いなる出会い
千葉 潜
1,2
Hisomu CHIBA
1,2
1青南病院
2昭和大学医学部
pp.962
発行日 1989年9月1日
Published Date 1989/9/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1541209686
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梅雨があけて,陽光のまぶしい季節となった.真夏の思い出は,いつもどこかに侘しさをかかえているようである.くたびれた麦わら帽子,虫籠の蝉や甲虫,食べ終えた西瓜の皮,燃えつきる寸前の線香花火,蚊取り線香の香りと蚊帳の中,廻り燈籠の揺らめき.過ぎ去った時間が,無限連鎖となって引き出される.この季節の記憶には,必ず何かのにおいを伴っていると感じるのは,私だけだろうか.
暑さが臨界に達した午後に,肌を包み込むような湿った気配を連れて,夕立がやってくる.叩きつけるような豪快な雨は,足早に去って行くのだが,私には涼しさとともに,いつも同じひとつの情景を運んでくるのである.激しい雨音が私の脳裏に蘇らせるものは,土砂降りの雨の中で,ふんどし一枚になって雨を浴びて喜んでいる,父の姿である.あれは私が7歳頃ではなかっただろうか.父は肥満体型であったので,暑いのは苦手であった.汗かきなので,夏場はステテコで通し,頭に鉢巻にしたタオルを離さない人であった.降り注ぐ雨の中で,高笑いしながらの水浴び姿を,なぜか鮮烈に覚えている.あの頃の父は,なにを考えていたのだろうか.
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