小特集 クリニカル・ファーマシィの導入
アメリカにおけるクリニカル・ファーマシィの導入と展開
赤穂 栄一
1
1神戸学院大学薬学部
pp.311-315
発行日 1980年4月1日
Published Date 1980/4/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1541207125
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発展の経緯
クリニカル・ファーマシィの歴史をたどってみると,1944年にL.W.Rising教授が初めてその概念を提唱し,続いて1953年にH.W.Youngken教授がRising教授の実践内容を論理的に記述した論文を発表したことに端を発すると言われている.両教授のクリニカル・ファーマシィに対する提唱は公に取り上げられることなく消えた.しかしながら,間接的に米国薬学界を刺激する力はあったと見るべきで,1960年代に入ってクリニカル・ファーマシィの概念,及びその実践活動に関する論文の数が次第に多くなってきた.1966年のBrodie1),1967年のParker2)の論文がその代表で,前者は,"薬剤師業務の最終的な目標は国民が薬物を安全に使用するように努力することで,そのためには薬剤師の主要な機能はクリニカルなものであるべきである"と述べ,後者は,"クリニカル・ファーマシィとは患者における安全でかつ適切な薬物の用法を強調する概念または哲学である"と述べている.このような機運の中にあって,画期的な企画が時を同じくして1〜2の研究機関で始まった.そのうちのひとつが,W.E.Smithを中心とするカリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)における実験的分散薬局サービスである.これがMoffit Hos—pitalの9階に設けられた,いわゆるsateilite pharmacyである.
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