海外の医療・4
ガーナの医療—医療近代化の歴史を中心に
山田 宏圖
1,2
1大原綜合病院
2福島医大・眼科
pp.435-438
発行日 1979年5月1日
Published Date 1979/5/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1541206867
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一般事情
西アフリカの諸国は,そのほとんどが第2次世界大戦後に独立した新興国家である.仏領であった地域では,早くよりパスツール研究所により熱帯病の研究・対策が行われ,現地人の留学,医学教育も一貫して進められていた.現在でもこの関係は余り変化がない.しかしガーナは,ロンドン大学,リバプール大学との関係はあるが,一定の熱帯病予防対策が確立してはいない.
ガーナは1471年,ポルトガルに植民地化されて以来,1951年自治政府を経て,1957年3月,Nkurma博士の指導下で,英領象牙海岸国(Gold Coast)からガーナ国として独立を遂げるまで約5世紀の長い年月,黒人奴隷の輸出地として利用され,スペイン統治下では,200万〜1,000万の奴隷が中南米に移入されている.1966年Nk—urma大統領は,中華人民共和国を訪問中に軍部のクーデターにより失脚し,以降軍事政権が続いている.1978年Acheampeng議長が失脚し,現在も民主化の動きが活発で,著者の共同研究者でもあるガーナ大学の教授は,新制度下での選挙により国会議員となり,現在憲法改正委員会のメンバーとして活躍中である.
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