人
天は私を済生会に差し向けたようです—済生会福岡総合病院院長 土屋呂武氏
杉岡 直登
1
1九州厚生年金病院
pp.16
発行日 1976年10月1日
Published Date 1976/10/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1541206026
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こんな美青年軍医がいるだろうか!これが当時海軍々医大尉の軍服を着た土屋呂武院長と私との出会いの初印象であった.一風変った"呂武"なる名前も一度で脳裏にこびりついて離れぬものとなった.それから20年,その呂武さんが済生会福岡総合病院長として颯爽と登場したのが昭和39年.私は内心大抜擢ではあるが,あんな難しい病院を引き受けなくても,と思っていた.当時,組合運動が激しく,田代英太郎院長が退陣されたあとだからである.ところが後に,あるインタビューに答えて,「私は就職したあとで気がついで愕然としています.済生会というものの持つ宿命的目標と私の先天的性格の志向とが余りに一致しているので.どうも天は私を済生会に差し向けたようです云々」と.この使命感に燃える情熱と若さとで見事難局を打開した.また救急医療を済生会のあるべき方向の一つとして捕え,数年来市における年末年始急病対策に卒先して取り組む.「医療のデマンドを住民サイドで考えてみると当然そうなるのではないでしょうか,救急医療を避けて通ろうとする医療人の存在が不思議でなりません」と.これが彼の医の哲学であろう.
県と市の医師会理事は久しく,今年から県病協の専務理事となり互いのパイプ役として一段と活躍.昨年第28回済生会学会長.現在済生会全国病院長会副会長.他公職多数.大正6年中州生れの生粋の博多男.九大卒後第二外科講師,九州中央病院外科部長を経て現職に至る.
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