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西独の旅から
松山 善三
pp.661-662
発行日 1959年8月1日
Published Date 1959/8/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1541201552
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その日の朝,私は西独のボンを出発してベルギーのブラツセルに向う予定であつた。羽虫でも飛びこんだのではないかと思われるような,耳鳴りと痛みがはじまつたのは午前5時,出発の11時近くには,もう私の耳の奥には驟雨のような稲光りと雷鳴がひつきりなしに轟いて,私はホテルのベツトに寝たまま動けなくなつていた。ボン在住の友人で私達の通訳にもなつてくれていたS氏が驚いてすぐにかかりつけの医師へ往診の電話をかけてくれたが,先方からは,11時に約束があるし,それに今日は土曜日だから来週の月曜日にしてくれないかという至極のんびりした返事だ。こちらから11時半に出向くからと,無理に顔をきかせてもらつて,私は痛む耳をおさえてS氏の車に乗つた。
その医師の家は,私のホテルから車で10分程のところにあつた。日本とちがつて"何々医院"とか"××病院"とかいう都市の美観をそこねるような看板は何処にも見当らない。医師の家はアパートメントの1室で,その表に「ドクトル・×××」と名刺大の表札が1枚かかつているだけであつた。約束の11時30分ぴつたりに医師は待合室に顔を見せた。S氏が私を紹介する。「私はドクトル・×××です」と,彼は自分で名のつて,太い大きな手を私に差しのばしてきた。
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