病院長プロフイル・65
非現業共済組合呉病院長 笠潤 一郎 氏
pp.440
発行日 1959年6月1日
Published Date 1959/6/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1541201522
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呉!呉市!戦後派には全くなじみのない名前だろう.嘗つての大日本帝国時代は海軍鎮守府の所在地として小学生でも知つて居た軍港である.今は人口20数万の呉市であるが戦争華かなりし頃は人口40数万を数え,海軍工廠は昼夜を分かたず稔りをあげて数多くの船艦を建造していたのである.その海軍工廠や海軍の軍属,工員及びその家族の健康を護り疾病をあずかつていたのがこの呉共済病院である.
海軍は亡びても病院は残り,海軍工廠は鉄骨と化しても尚笠院長は健在であるのである.それ程この笠先生は病院と運命を共にして,生き残り兵として,明日へ明日へと病院の発展を祈りつつ,建設の鐘を鳴らし続けて居るのである.
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