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看護婦として働いてみた女醫の體驗
棚橋 千賀子
1,2
1名大日比野内科
2聖路加病院
pp.43-45
発行日 1951年2月1日
Published Date 1951/2/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1541200281
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幼兒にとつて,家庭程よい生活環境はないと云われます樣に,一時的に精神的にも肉體的にも幼兒の樣に調節不全に陷つている人々を扱う病院も亦,家庭の樣な環境でありたいものです。家庭の中心は何と申しても主婦にあり,その主婦の教養は家庭の環境構成に大きな影響を與えます。では病院に主婦がありとすれば,その人々はどの樣な考えを持ち,どの樣な働きをしてゆくべきでありましようか。目下の所は,病院の主婦の役の大部分は看護婦が受持つています。
私は10月初旬から聖ルカ病院で,主として病院組織管理の問題に參與する女性の面を見せて頂いています。ます最初の3週間を病室看護婦生活の體驗に過しました。只今その少い體驗と乏しい讀書力とを以て,病室看護婦を云々する事は,とてもの事と思われます。それ程完全看護をする看護婦の肉體的勞働は激しく,刻々の緊張感は重苦しく,看護技術そのものの體得は相當の難事であります。しかも尚,患者への濱仕と慰安の心を一刻も等閑りにする事が出來ません。この樣な事々の總てにかなう完全な看護婦に迄育まれるには心身共に嚴し過ぎる程の鍛練を經なければならず,俄かに制度を變えて見ても,法規の樣においそれと簡單に出來上る樣なものとは思われません。聖ルカ病院に於ては,4年の專門教育を受けた看護婦達が專門家としての大きな誇りを持つて,朝夕の祈りの中に24時間を過して緊張した生活を營んでいます。
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