The Japanese Journal of Physical Therapy and Occupational Therapy
Volume 21, Issue 2
(February 1987)
Japanese
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はじめに
右半球はどのような働きをもち,左半球はどのような働きをもつのであろうか.左半球と右半球は形がたいへん似ているところから,19世紀になるまで,両者は同じ働きをするものとみなされてきた.人間の体の各部分は形が同じであれば,同じ働きをしており,形が違えば異なる働きをするというのが常識であったからである.
たとえば,耳と目は形が違っており,その働きも違っている.一方,右耳も左耳も同じ形をしており,音を聴くという同じ働きをしている.左右の大脳半球もその形はほとんど同じなので,左右の耳のように同じ働きをしていると考えられていたのである.
ところが,この常識は19世紀の初め,フランスの開業医Mark Dax3)の天啓のようなひらめきによって,打ち破られることになった.Dax3)は1811年にフランスの有名な博物学者ブルゾネについて書かれた頌徳文を読んでいて,ブルゾネの左半球に大きな潰瘍があったということを知った.そして,それと同時にブルゾネが失語症にかかっていたこと,ダックスが前に診察した他の2例の失語症患者が,いずれも左半球に損傷があったことを思い出した.そして,そのとき「左半球は言語機能に関係しており,右半球は言語機能をもっていないのではないか」,いいかえれば右半球と左半球は機能が異なるのではないかという卓絶なアイデアに思い至ったのである.
その後,彼は15年にわたって,失語症を呈する患者が左半球に損傷があるかどうか検討し続け,1836年,40例以上の症例をもって,失語症が左半球の損傷によって生ずることを示したといわれている.
Dax3)の研究や,その後のBrocaの研究は,失語症が左半球損傷で生ずることを示しただけでなく,左半球が健全な状態では言語を司っていることを推定させた.たとえば、Broca2)は1865年,左半球損傷で失語症が起こり,右半球損傷で失語症が生じないということから,「人は左半球で語る」と述べた.
しかし,左あるいは右半球損傷患者の研究は間接的に左右半球の働きを推定するのみであり,直接,左右の半球の働きを検索できないという決定的な限界をもっている.
さて,それでは,左右の半球がどのような精神的機能をもっているかを直接検索するには,どのような方法があるのであろうか? それらには,ソディウムアミタールの頸動脈注入例の研究,片側大脳半球切除例の研究,分離脳例の研究などがある.
ソディウムアミタールの頸動脈注入法とは,薬剤によって一過性に一方の半球に麻痺をひき起こす手法で,脳腫瘍,脳動脈奇形などのため,脳外科手術を行う際に,その脳腫瘍のある半球に損傷を与えると,どのような障害が起こるかを前もって知るために用いられる.この方法では,一過性の大脳半球麻痺をひき起こすだけで,このような状態を長く持続させることは困難であるために,左右の半球機能について十分な検索をすることができない.また,一方の半球のどれだけの部分が麻痺されているかわからないという欠点がある.
片側大脳半球切除術とは,一方の半球に限られた脳腫瘍が,他方の半球に転移するのを防ぐため,あるいは,小児片麻痺例などの治療として,左右の半球のうち一方を取り除く手術である.このような手術をうけた症例では,一方の半球しかないわけであるから,左あるいは右半球の機能だけを調べることができる.ただ欠点は,同じ人で左右の大脳半球を検査できないことである.
さて,最後の分離脳患者であるが,分離脳患者とは,重度てんかんの治療のため,左右の大脳半球を結ぶ脳梁,前交連などの神経線維束(交連線維束)をすべて切断した症例である(図1).
このような交連線維束の切断手術は,部分的切断手術としては1930年代から行われ,脳梁と前交連を一度に切断する手術は1960年代に行われた.脳梁および前交連を切断した症例では,左半球と右半球はほとんど連絡がなくなるので,左半球の機能と右半球の機能を独立に調べることができる.また,分離脳の研究では,同じ生育歴をもった左半球と右半球の機能を比較できる.これは片側大脳半球切除例にみられない特色である.また,片側大脳半球例に較べ,研究がすすんでおり,重要な知見が数多く明らかにされている.
ここではSperry(1982)7)らによって行われた分離脳患者の研究の結果を中心に,左右大脳半球の精神機能を述べてみたい.
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