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はじめに
我が国では,一般的に人々の考え方の中には教育は即学校教育という考え方があって,なかなか抜けない.しかし,個人の立場に立った時,あるいは個人の人生に対する態度としては,人間一生が勉強だということは,昔からかなり強く言われていたことは確かである.実際多くの人々は,生活の中で実践的に自己教育をやってきたし,現に多くの人々がそのような厳しい態度で生活している.
そういう考え方があるにもかかわらず,生涯教育という概念はあまり強く生まれてはこなかった.すなわち,社会は教育として学校教育だけを考えればよいのであって,学校で教育された人間は,それで生涯の教育は終りであり,社会はその労働力,技能,知識を使用する立場にあると考えられていた.生涯にわたって教育する体制とは“人間を生きている限り教育する”ことが制度や体制と考えられることになるのだから,これは従来の考え方とは相当に異るといわなくてはならない.学校で教育することが人間の意識,精神をつくり,それが一生持続するというような考え方の中では,受験戦争も乗り越えて学校への入学を目標にするようになるのも当然である.学校を卒業すれば,生涯に必要な教育は終わって,一生涯安穏な生活が送れるということになる.そこには生涯教育というものが,学校教育の中に埋没した形で存在していることになる.
社会の制度としての教育を成立させる原動力には二つの側面があり,一つは社会の側からの要請であり,もう一つは社会の成員個々人の要請である.これら二つの側面は明確には分けられないことはあるが,後者のいわゆる下からの教育のニーズで成立した教育という考え方は我が国では少ないようである.この教育の対象は,それぞれ職業を持ち,自己の生活設計をもっている成人であり,教育のニーズもその自主的な設計に基づくものであろう.
こう考えると生涯教育はあくまでも人間の自己啓発および研鑚への援助という精神に成り立っていく.自らその道を切り開いて歩んでいくために,少し大げさに言えば生命絶ゆる時まで,絶えざる営み,すなわち,学習が続けられているといってよいのではないだろうか.現在の作業療法においてこれらのことがどのように考えられているのかを探ってみたい.
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