- 有料閲覧
- 文献概要
最近の物質文明の著しい進歩は,豊富な物を介しての社会をつくり出し,安易な暮しよさ,便利さをもたらしました.他面,物と人間との結びつきへの苛立ちや,人と人との触れ合いの少さを生み出し,本来の人間としてのあり方,人間らしさへの願望が強まりつつあります.この人間らしさは,医療の面においても,いろいろの形で要求されています.すなわち,医療業務は人間対ものという関係で仕事が進められているのではなく,人間対人間という関係で仕事が進められています.すべてが人間的要素による人間関係といえます.たとえば,私の職場に赴任してきた新進気鋭の22歳のP.T.が経験したケースをみてみましょう.14歳の骨肉腫の患者さんは,股離断を受け義足の装着訓練に励んでおります.少年のはかりしれない恐怖と絶望感,家族のすがるような心情,医師のできうる限り早い義肢完成への要求,そしてP.T.の機能的,美容的なより高いプログラムが毎日繰り返えされています.いわば意識するしないにかかわらず毎日が壮大なドラマなのです.このドラマの一部始終が,若きP.T.の貴重な医療への実践,参加になり,少年と共に人生をかたちづくってゆくことでしょう.このように,よりよい義足の完成や,歩行の獲得のためには,もちろん専門的な知識に基づく,専門的技能の駆使が重要です.しかしこれとて,最後にたどりつくのは人間なのであり患者との間に展開される人間関係こそ医療の核心です.おそらく,患者との人間関係の成否が,仕事の成否を決定するといってもいいすぎではないでしょう.この患者との人間関係で,もっとも基本的な事柄は,患者の側が人間関係を成立させるうえで,まったく主体性をもたないということです.医療に関しては,患者が100%医療をする側に依存しているのです.人間関係の成否の全責任が,私達医療にたずさわる側にあるわけです.P.T.サービスを受ける患者は,自分の気に入ったサービスを受けるために,自分で探しまわって,自分の気に入ったものを手に入れるという具合にはいきません.提供されるサービスが,どのようなものであっても,それをそのまま受け入れる立場にあります.そして提供するサービスの中身を決定するのは,もっぱらサービスの提供者,つまりP.T.業務を行なう側にあるのです.医療業務の内容を決定するのが,医療業務にたずさわっているものであって,患者側にはない,というこの事実が,患者との間でとり結ぶ人間関係の出発点であるというてんを,はっきりと認識してかからねばなりません.この依頼関係を無視した患者との人間関係は,いずれもゆがんだものにならざるをえないでしょう.
Copyright © 1974, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.