鏡下咡語
種子島の歴史と医療
河内 一郎
1
1鹿児島県熊毛地区医師会
pp.366-367
発行日 1982年5月20日
Published Date 1982/5/20
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1492209440
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古代文化伝承の島
紀元前三世期,弥生時代中期に黒潮に乗り海南民族が南西諸島を北上し,砂鉄豊富な平坦な種子島へと北上し,製鉄と共に稲作文化を伝えた。種子島が史書に初めて現れるのは,天武6年(655)である。その十年に多種人が奈良朝廷に朝貢し,飛鳥寺に種々の歌舞,音楽を奏したことが記されている。が数年前,島で発見された数箇の石笛は縄文時代後期のものと推定され,大きさは鶏卵大の石に数箇の貫通性の孔を穿っており,指で孔をおさえつつ吹く音律には独特の神秘的な感動さえも覚える。このような石笛で奏楽したのであろうか。音楽の先見性を感ずる。
また,島の南端,鉄砲伝来の地である門倉岬では現在でも国土平安,生命の永久を祈る古来からの荘厳な踊りが東支那海を見はるかし,くりひろげられる。この踊りには大いなるロマンを感ずる。いつの時代からこのような儀式が始まったのだろうか。往古の人達をしのんだ伝承でもあろうか。
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