鏡下咡語
宇田川榛斎と「内象銅版図」
藤倉 道夫
pp.384-385
発行日 1978年5月20日
Published Date 1978/5/20
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1492208656
- 有料閲覧
- 文献概要
宇田川榛斎(玄真)1769〜1834。玄白門下の逸材である。もと伊勢の安岡氏。江戸に出て学を宇田川玄随,大槻玄沢,嶺春泰,桂川甫周,杉田玄白の諸家に受け,のち旧師・宇田川玄随(津山藩医)の死亡に因りその後嗣と成つた。時に29歳である。
彼がここに到るまでの半生には幾多の迂余曲折があつた。一時は杉田の養子に入れられながら放蕩して追われ,貧苦の生活を送つたこともある(彼の人物およびその閲歴に関しては玄白の「蘭学事始」に詳しい)。しかしながら元来好学の士で語学の勘は抜群であったから,再起して師家を継いでからは専精して業績を上げ蘭学社中の重鎮と成った。天保5年66歳を以つて没。その門より坪井信道,箕作阮甫,そして巨星・緒方洪庵が出る。
Copyright © 1978, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.