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国立奈良病院に特殊診療部門としてめまいセンターを開設し,ようやく診療の緒につくようになつた今年の4月,早々にテレビ,ラジオ,新聞といろいろの報道機関から,めまいについての話を私に依頼してきた。めまいセンターの設置の内容についてでもあるが,めまいの取扱いに対する私の考え方に関心がもたれたようで,意外の反響がおこつた。逆説的であるが,私は耳鼻咽喉科医を放棄したような表現をしたためでもあろう。というのは,めまい,めまい感という症状あるいは疾患が一般に耳鼻咽喉科医以外の医師により治療されているかのように速断されたり,他方メニエール病に対しあまりにも重点をおきすぎて,めまいは耳鼻咽喉科へといつたような印象を,私たち耳鼻咽喉科医が押しつけているようでもあるため,私の考え方が理解しにくい妙なものに受けとられたようである。
30年近く奈良医大耳鼻咽喉科の教職にあつた私の経験,ことに日本前庭研究会,日本平衡神経科学会と学会の発足以来,いままで16年近くその学会に参加してきた私は,めまいの原因,症状,診断,治療の複雑さと困難さに苦労し,ある時には当惑さえしばしば感じてきたが,それだけより深刻にいわゆる耳鼻咽喉科のわくから少し離れてめまいを考え直してみようと,ここ数年来考えていた。私は長い間,前庭迷路機能につき動物実験を主として研究,観察してきたことに対する一種の反動のようなものであるかも知れない。めまい,めまい感を,眼球運動,体位,姿勢などの異常―筋系のAtaxieと簡潔に表現し得ることもできよう―として,あるいは中川米造氏のいう「空間定位の齟齬の感覚的表現」として,客観的に把握し分析したり,または血管系とか自律神経系の失調としてのいろいろな症状や臨床的のめまい感の主訴などを,前庭迷路系―末梢とその中枢神経とを含めて―の異常,あえていえばそれらのHomeotaxisの失調として,一方的に帰してきたようでもある。こうした取り扱い方は,耳鼻咽喉科とくに近頃提唱されている神経耳科学(Neuro-Otology)を主として取りあつかつている私として当然であり,そうあらねばならないものであろう。
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