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Ⅰ.はじめに
変声期にある子供達をどのように取り扱つたらよいかというテーマに関しては古くからたくさんの議論がなされてきたが,それらは大体において「こわれものを扱うように大事にする」消極派と「適当に歌唱指導をして早く大人の声にさせようとする」積極派とに別けられる。これについては19世紀後半のマッケンジーとガルシアとの論争が歴史的に有名である。Sir Morell Mackenzie(1837〜1892)は英国の著明な医師であるが,ドイツ皇帝フレデリック三世の皇太子時代にその喉頭の腫瘍を癌ではないと主張してドイツ人の医師達と対立した事でも有名である。D. A. Weissによると,彼は変声期間中でも"mild exercise"を続けることを唱道したという。これに対してManuel Garcia(1805〜1906)は永らくロンドンの王立音楽協会の声楽教授をしていたが,1855年に間接喉頭鏡を始用してわれわれにもおなじみである。彼は変声時期の約1年間の歌唱禁止をすすめたという。それ以後今日まで多くの研究者たちがそれぞれの立場から,このどちらかに味方をしてきたが,20世紀の現在でも,喉頭を直接に眼でみることの出来る耳鼻咽喉科医たちは大体において声帯の安静を主張する「さわらぬ神」的な立場に属するのに対して,学校教育の現場で子供にちかに接する音楽教師たちは,ただ声の安静を守れとだけ言つて済ましていられない立場から,何とか有効適切な歌唱指導の方法はないものかと子供たちの声をいじりまわしているといつた現状である。
しかし変声は,いわゆる2次性徴の一つの部分現象であるから,他の生物学的現象と同様に非常に個体差が大きく,その様相が時間の経過とともに次々と椎移してゆくものである。したがつて変声期の子供に対する取り扱い方についても固定した一つの枠にはめこむことは不可能であつて,結局個々の例について多角的(音楽・医学・心理学的)な観察を継続的に行なうことによつてその個人を「変声」という座標の上に正しく位置づけることがまず必要である。そうすればその時点における個人の状態に応じた適切な扱い方がおのずから打ち出されてくるわけである。
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