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人物スケッチ(その4)浜地藤太郎氏
西端 驥一
pp.963-964
発行日 1963年11月20日
Published Date 1963/11/20
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1492203150
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浜地藤太郎氏の名を聞くことは久しかつたが,膝をまじえて話す機会には容易に恵まれなかつた。最初に強い印象を受けたのは,大阪に扁桃腺病院を創立されたことである。今でもこういう特殊の病院は,世界中を探してもないであろうから,昭和の初めの企てとしては文字通り破天荒のものであつた。しかも岡山倉敷市の倉敷中央病院の耳鼻科部長脇田博士を院長に迎え,3日間に渡る豪華な披露宴が開かれたというのである。
しかし如何に扁摘が盛んに行われるようになつた時代とはいえ,それ専門の病院を設立することは,果して成功するであろうかと,専門家は一様に危惧の念でその成行を見守つたのである。かつて鍋谷伝次郎博士が東京でそれを試みて失敗した先例もあるからだ。ところが不幸にも浜地氏の巨腕と脇田氏の敏腕を持てしても不成功に終り,間もなく閉鎖された。
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