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Ⅰ.はしがき
耳鳴は耳鼻科領域においてはありふれた症状でありながら各種の療法によつても難治のものが多く厄介な症状の一つであることも周知の事実である。耳鳴の原因には古来より感音系組織の興奮によるという神経説,伝音系組織の異常によるとなす伝音説および血管系変化によるとなす血管説に大別できる。それをなお細別すると大脳興奮説,聴神経興奮説,脳圧異常説,中耳腔内病変説,血管運動神経説,血管器質変化説など種々唱えられている。この中比較的明らかにされているものは血管系の変化である。Atkinsonは耳鳴を末梢神経障害による知覚異常とみなし,またメニエル氏病の原因も従来のアレルギー説の他に血管痙攣による一群のあることを想定し,この群にニコチン酸とVit B1とを混注して良好な成績を得ている1)。聴器においても種々の原因で迷路血管のSpas-musによる血行障害がおこり,とくににneural Elementが侵されて耳鳴を発生すると老えられる。血行障害は明らかな理由,たとえば腫瘍,炎症,瘢痕,骨折等の圧迫や動脈硬化等の血管狭窄によることもあるが,これらを除外しても,たとえばEgmond Fowlerによれば精神的ならびに身体的なStress Factorによつても迷路血管のSpas-musを生じ,やがて迷路の血行障害を起して耳鳴や眩暈を招来するという2)。内耳における交感神経の作用や内リンパ水腫の成立機転は論争のあるところであるが,持続する内耳圧の上昇が感覚細胞を圧迫し,新しく血行障害の誘因となることは想像にかたくない。そこでニコチン酸の血管拡張作用により迷路血管のSpasmusを去り,内耳組織内の血流の増加が起り,これによつて内耳とくに感覚細胞の新陳代謝を高め,内リンパの還流を促進してメニエル氏症候群あるいは内リンパ水腫等の耳鳴に対し十分期待しうると考えられる。すなわちFlottorp Willeはニコチン酸の投与によつて神経性耳鳴やメニエル氏病の耳鳴に効果ありと報告し3),Atkinsonは種々の血管拡張剤および収縮剤を用い比較研究を行なつた結果ニコチン酸が最も効果的で63%の有効率を認めている4)。わが国においてもニコチン酸の使用経験は極めて多く報告されており,ニコチン酸アミドを含有する種々の薬剤の使用経験の報告も少なくない。そのいずれもニコチン酸が耳鳴に有効的に作用することを認めている。しかしニコチン酸の特性として急激に作用し,比較的持続時間の短かいこと,また顔面の紅潮や蟻走感を訴える場合もあり,頭部充血をともなう皮膚紅潮の出現,時に腹痛や胃腸障害(主として下痢),発汗などの副作用がみられる欠点があり,神経質な患者ではこれを嫌つて治療を中止する恐れがある。
最近メソイノシトールのニコチン酸エステルで1錠中200mg含有するHexanicitなる新ニコチン酸誘導体が注目され,この薬剤はニコチン酸の欠点である上記副作用が殆んどなく,主として胃で吸収され血液中で徐々にその有効成分を分離するものと推定されている5)。したがつて優れた血管拡張作用があるにかかわらず緩和でかつ一定の持続性を有し,長期連用にも耐えうる薬剤であろう。以下少数例ではあるが我々がHexanicitを使用する機会をえて耳鳴を主訴とする症例について,その使用経験を報告する。
Hexanicit was administered for treatment of various types of tinnitus aurium in 12 cases, 18 ears: it was also administered in another 12 cases, 6 ears, in whom the patients reci-eved treatments with other drugs without results. The dosage of the agent ranged from 6 to 9 tablets a day; the number of tablets administered was total of minimum 84 to max-imum 530. The tinnitus was completely rem-oved in 2 cases, 2 ears; markedly improved in 4 cases, 5 ears;somewhat improved in 2 cases, 4 ears;no change was seen 4 cases, 7 ears. A slight side-effect which abated with-out other complications was seen in 2 cases.
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