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緒言
昭和27年仙台で開かれた総会以来というものは毎年の如く,妙に,耳石溶解論に就ては勿論の事,耳石の性状その他に関して迄も,私共の実験結果と,長谷川教授の報告とは,全く相反するものがあつた様である。つい先日の京都での総会の席上でも,お互いに追加,質問の形式を取つた事は猶目新らしい事である。
実のところは,私共は,先に重曹水は耳石を溶解しない確証を挙げ得たと思い,又大凡その学会の趨勢も既にその様な方向にあるものと信じていたし,又一方では,余りにも,執拗な対立もおこがましいと存じ,最近では,直接には溶解論に関しては触れないで置こうと考えていたのである。で専ら,耳石の性状,耳石の作用に関しての再検討,或いは,重曹水の藥理作用の追求等にのみ力を注いでいたのである。ところが,その矢先き,昨年来の耳鼻咽喉科特集号に於いて,長谷川教授は,「重曹静注による加速度病予防と耳石」と題され,私共の説こそ却つて軽卒であつたものと痛切に批判され,而して,新らたに耳石基礎物質なるものの発見より,重曹水は此の耳石基礎物質を溶解するものであるという新説をば立てられたのである。此れは,更に昨年来の大阪地方会,或いは本年度の総会で引続いて発表された通りである。私共は,此の報告を読み,其の後の教授の問題解決えの一方ならぬ御努力に対し,衷心敬意を払つたのであるが,それと共に,私共は,猶溶解論より脱皮出来ない事を自覚し,更に一方では,私共の立場からすると,長谷川教授が,私共の反対論に対して遺憾を感ぜられたと同様,私共も,教授の此度の報告の中には,猶多くの遺憾をぼ感ぜざるを禁じ得なかつたのである。結局は,それが私共に今一層の研究と,耳石溶解論に対する疑義に就ての詳述をば必要とさせ,引いては,本年度の総会での質問となり,更に又,此の誌上発表の御依頼を受ける事となつた釈でもある。今は唯,遠慮なく,充分趣意に添うよう所信を披歴させて戴く事とする。
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