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緒言
耳管が古代エヂプトの時代Aristoteles(B. C. 384)によつて咽頭天蓋より耳に通ずる管としてその存在を認められていた事は文献に明かにされているが,その詳細な研究はBartremeo Eustachio(1563)によつて口火を切られ,以来多くの研究者がこれに続いた。このEustachioの研究は彼の生前には世に出る事なく約二世紀にわたつて埋れたまゝとなり18世紀に入つてヴアチカン図書館で挿図の銅版が発見されるに及んで始めて注目を惹くに至つたと云われている。彼の研究は現在から見れば,そこに多少の見解の相違こそあれ400年前に於けるこの詳細な報告は耳管の本態の一部を正しく捉へたもので,その業蹟をたたえてこゝに欧氏管(tuba Eustachii)として永く名を留めるに至つた事は御承知の如くである。このEustachioの研究を嚆矢とし,こゝ400年の間に耳管の研究は急速度にすゝめられ,逐時耳管の解剖,生理,病理が究明され来たがなお詳細な点に関しては多くの不明の点を残して居る。耳管の問題に関しては既に最近本誌24巻特集号上に高原教授の綜括的論文及北川氏の耳管扁桃に関する論文があり又大沢及南条氏の耳管口形態の研究(耳喉24巻10号)等の論文が載せられているので,此処では此等の問題に両び触れる事を避け,主として耳管筋の問題に関し私達のさゝやかな実験をまじえて2,3の問題ととり組んでみる事とした。紙面の都合上此等の点に関する全文献を紹介する事は出来ず,代表的なものゝみを集録したにすぎなかつた。もとより,浅学菲才誤りなきを保し得ないので疑問の点は直接原著によつて確認訂正下される樣望むものである。
こゝで耳管筋の生理について述べるに当り先づ順序として安静時に於ける耳管開閉に関する問題にさかのぼって述べてみたい。
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