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実験室の外壁がパァーンと唸った.左右両大脳皮質に独立したてんかん焦点をもつ猫を用いたcallosotomyの実験も佳境に入って,手術用顕微鏡を用いたcallosotomy直後から,左右同期していたgeneralized spikeが,左右independentに出現するようになり,さらに発作も左右独自に起始するようになって,実験室で歓声が上がった直後のことである.また,パァーンと低く音が響いた.教授室に戻って部屋の明りを消して,窓から外を透かして見ると,満天の星空である.真冬の星座はきらきらと輝いて,薄明りにも明るく映える真っ白な銀世界を幻想的に浮かび上がらせているようである.
旭川に赴任した頃は,この音は建物が爆発したのではないかと騒然とした気持ちになったが,旭川出身の医局員が,これは,外気温が氷点下15度以下になると,コンクリートと中の鉄筋に歪みが生じて,音を出すらしいとの説明を聞いてからは,この音にもだんだん馴れてきた.時計は11時を廻っており,帰り支度を始めた.この寒さには,厚い手袋,フード付のコート,スリップ防止付の外靴が必需品である.研究棟から外の雪道に出たとたん,鼻腔内の水分が瞬間的に凍って鼻毛がバリバリになり,鼻腔が閉塞する.指で鼻を左右にグニュグニュとすると,すぐに氷が溶けて,鼻から呼吸できるようになるが,駐車場の車に着くまでは,3回程,グニュグニュを必要とする.雪道も寒さで締まり,雪を踏む度にきゅっきゅっと足音が鳴いている.車のエンジンをかけてからが大変である.窓に固く張り付いた氷を,プラスチック製のT字型の道具で,ガリガリと剥ぎ落とす作業が待っている.この3分間程の仕事の間に体は冷え切ってしまうが,暗い駐車場の頭の真上にある北斗7星が美しくまたたいているのにしばし目を奪われたりもする.車のスタッドレスタイヤもアスピリンスノウの路面を踏みつけて,キュルキュルと軋んだ音を出す.車の外気温センサーのスイッチを入れると,すでに氷点下17度を示している.10分程走って自宅の近くに来ると,夜霧が発生して車庫が霞んで見える.これは,旭川の大気は通常は乾燥しているが,近くを流れる忠別川の水温と,大気との温度差が大きくなり,水面から大量の水蒸気が発生して川霧となって,周囲に広がって来るためである.深夜のテレビ天気予報を見ると,旭川の上川地方は快晴で,放射冷却現象が予想され,明朝の最低気温は氷点下20度位で,しかも異常低温注意報が発令されている.これで,条件は整ったわけで翌朝が楽しみになってきた.
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