Japanese
English
- 有料閲覧
- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
I.はじめに
脳動脈瘤破裂によるクモ膜下出血(SAH)に続発する脳血管攣縮は脳動脈周囲のクモ膜下血腫中にもともと存在する物質または血腫中で産生される物質が長期にわたり作用することにより生じることは,臨床研究ならびに基礎的研究により明らかであるが1-3),その原因物質あるいは発生機序は未だ明らかではなく,したがってその本態は不明と言わざるをえない.脳血管攣縮の特徴を要約すると2つの大きな要素に分けることができる.その1つは2-3週間にわたり持続する動脈径の狭小化であり,他1つは時間の経過とともに発生する内皮細胞の膨化・脱落や平滑筋細胞の変性・壊死等の器質的変化,いわゆるmyonecrosisである.したがって,この特異な脳血管攣縮の病態を把握するためには平滑筋の収縮と血管壁の組織障害の2つの面から考えると理解し易い.機能的収縮に重点をおく立場からみると,脳動脈に血管収縮物質を持続的に作用させるとそれのみで血管壁に組織変化が生じるという事実から4),脳血管攣縮においてクモ膜下血腫の収縮物質によりまず生理的収縮が生じ,それが異常に持続するために最終的に組織障害を伴ったとも考えられなくはない5,6).器質的変化を重視する立場からは,クモ膜下出血初期より脳動脈壁に紺織障害を誘発する何らかの物質または機序がはたらき,その過程において平滑筋には収縮という現象が随伴すると考えることもできる.いずれにしても,組織障害が進行するに従い,形態学的には血管壁の変性・壊死が招来されることになる7,8).
平滑筋の生理的収縮は細胞内のfree Ca++の上昇が引き金となり,その後の細胞内情報伝達機構としては2つのpathwayが明らかとなっている.一つは,Ca++-calmodulin系を介する収縮であり9),Ca++が細胞内に流人し,Ca++-calmodulinにより活性化されたmyosin light chain kinaseがmyosinを燐酸化し,actinとmyosin間に架橋が生じて細胞が収縮する系であり,急速な平滑筋の収縮の中心的役割を果しているが,その持続時間は短いと考えられている.他の系はprotein kinase C(PKC)を介する収縮であり10),Ca++の流人に伴い活性化されたphospholipase C(PLC)がphosphati-dylinositol(PI)をinositol triphosphate(IP3)とdiacyl-glycerol(DAG)に分解する.IP3は細胞内Ca++貯蔵部位からCa++の放出を促し,DAGは細胞質に存在するprotein kinase C(PKC)を細胞膜に移行させ活性化する.細胞膜に移行したPKCはmyosinとactinの重合を抑制しているcaldesmonやcalponinなどの収縮抑制蛋白を燐酸化して脱抑制することにより平滑筋の比較的長い収縮を起こすと考えられている.以下,脳血管攣縮の病態に対して,細胞内Ca++の変動とその後の平滑筋収縮・弛緩に関与する生化学的機構について,当教室で行った研究成果をもとに解説する.
Copyright © 1996, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.