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臨床実習に来る学生の多くが,神経系は難しくてよくわからないと口にする.講義をさぼったわけでもないのに,よくわかっていないというのが実感らしい.かく言う私も,学生時代,医師国家試験対策の分担で,神経担当になっていなければ,神経学は難しいだけで,推理小説を読み解くような明解さをはらんでいることに気づかなかったかもしれない.神経学の難解さは,幾重にも絡み合う神経線維の回路の複雑さによるところが大きいが,一度,その解剖と機能との関係性が理解できると,数学の公式を解くように正解を出すことが可能となる.例えば,「タン」としか発語できなかった患者の剖検から発見されたBroca野(運動性言語野)が普遍的に人類に備わっているように,神経伝導路の障害により固有の神経脱落症状が生ずる.神経学において神経解剖が基本といわれるゆえんである.
脳血管障害は,画像上見えにくい変性疾患などに比べれば,可視化しやすい病態である.しかし,脳塞栓症における出血性梗塞のように障害の程度や時間経過により劇的に変化することもある.このような中で,最適な治療を行うためにも,基本となる病態の正確な把握が必須である.本書が他の教科書と決定的に異なる点は,正確無比な病理解剖所見を提示している点にある.単なる肉眼剖検所見ではなくwhole brainの薄切切片による病変の詳細な描出にある.Kultschitzky染色や著者らの独特な方法により染色を施された脳全体の薄切切片は髄鞘を芸術的ともいえる美しさで青く染め上げており,破壊病変の程度と周囲組織との関係,さらには遠隔部位との相互関係も手に取るように理解できる.加えて,図の要所要所に日本語,英語,ラテン語で名前が付記されており,必要に応じてイラストでの説明もなされている.さすがは解剖学者の筆によるものと感服せざるを得ない.
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