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脳は不思議な臓器である.理解すればするほどに神秘的であり,かつ整然としていて興味が尽きない.いくら使い続けても消耗しない臓器は,実際,脳だけである.優れた運動選手でも,使いすぎれば肘,肩,膝,腰の故障が起こる.マラソン選手でも,代償性の心室肥大は避けられない.しかし,優れた脳科学者が頭を使いすぎて耄碌したという話は聞いたことがない.事実はむしろその逆である.1986年に「神経成長因子および上皮増殖因子の発見」でノーベル生理学・医学賞を受賞したリータ・L・モンタルチーニは,1909年イタリア・トリノ生まれの102歳.現役のイタリア上院議員で脳科学者である彼女は言う.私たちの脳はとてつもない能力があり,それを自覚すれば,さらに強化され,今まで発揮しそびれていた素質を,老齢期,人生の最期まで発揮し続けられる,と(『老後も深化する脳』朝日新聞出版).モンタルチーニの人生そのものが自己の主張を証明しているようで,なかなか説得力がある.一方,私のような凡人の脳は,なかなか自分の思うようには働いてくれない,怠惰な脳である.この原稿も,締め切りを過ぎてからパソコンに向かっている.頭を使うには苦労がいる.苦労しないで頭をうまく使いこなす解説書があればよいが,解説するには頭のことを十分理解できていないと不可能である.私自身,実際脳のさまざまな疾患を学び,治療してきたが,脳そのものの理解が十分だとは決して思えない.むしろ無知に近い.
脳科学研究の主たるテーマは,認知と学習の神経機構,運動の発現と制御機構,情動と記憶,その他であり,従来これらのテーマに対して,分子,細胞,神経回路,脳,個体を対象として5階層で研究が行われてきたが,今年から社会活動(方法論的にはdual fMRIなどを用いる)が加わり6階層化された.同時にKOラットや二光子顕微鏡の導入,霊長類のモデル動物の作製により得られた知見をヒトの病態に関する知見と照らし合わせることが重要視されてきている.
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